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死亡時間や出生時間はどのように決まるか

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投稿者:中尾 哲也
死亡時刻と出生時間

奈良県北葛城郡王寺町の司法書士中尾哲也

お盆明けから書いている宗教周りの法律知識の3回目です。

項目 記事のタイトル
宗教と憲法 信教の自由と政教分離について
宗教法人 宗教法人の課税について(坊主丸儲け)
人の死と法律 死亡時間や出生時間はどのように決まるか
埋葬 日本では火葬しかできない(土葬禁止)って本当?
葬儀 葬儀・葬式はやらなくていい?
祭祀やお墓 仏壇やお墓は誰が後を継ぐのか?
遺骨 遺骨の権利は誰のもの?

では早速始めます。

 

◎人の死と宗教の関係

人が死ぬことって,宗教とどういう関係があるの?死ぬことと宗教って関係あるのかい?死んだらお坊さんとか来るっちゃあ来るけど,そんなに深く考えたことなかったなあ,,

というくらい,死ぬことについて,そして宗教について,無頓着な時代だ。みんな生きることに必死。どうしたらより楽しく生きられるかばかり考えています。

話が大きくなりつつありますが,多分こんなに生きることばかり考えて,死ぬことを正面から考えない時代は歴史上珍しいんだと思います。いろいろ進歩したせいで人間簡単には死ななくなったので,死ぬことが身近ではなくなったんですね。

そんな現代。もはや俺は死なない!不老不死だ!坊主も宮司も牧師も神父も関係ない!つまり俺こそが神だ!という人までいるとかいないとか(いないかwむしろそれだとがっつり教祖だわな)。

まあまあそういう人はほっときましょう。改めて普通の人に言います。死ぬことと宗教には密接な関係があります。それはなぜか?

まず人が死ぬって不思議。死んだらどうなるのかという問いは,最新の自然科学をもってして太刀打ちできない大問題です。科学では分からない。分からないけど死はそこにある。なのでこれをどうにかしないといけない。科学で分からないものをどのように扱うのか(信じるのか),それこそが宗教のテリトリーです。ほらね,死ぬことと宗教は関係してるでしょう。死ぬことの意味を考えることは,正しい生き方を考えることにもつながる。世の中には,そういうことを延々真面目に考えている宗教家がいます(きっといるはずだ)。

あと,人が死ぬと悲しい。特に身近な人なら格別だ。宗教には,人がとてつもない悲しみに遭遇した場合に,それをなんとか乗り越えて,日常生活を生き抜く方法を提供する作用がある。これも大事。いつまでも悲しみや空虚に打ちひしがれていては残された者の日常が台無しになりますからね。ほらきた!死と宗教は関係あるでしょう。

このように,人の死は,宗教と切っても切れない関係にある。死と宗教は直接に連絡して結び合う関係にあります。なので,いまでも人が死んだらお坊さんなどが出てくるのです(お坊さんしっかり勉強しておくれよ)。

◎人の死と法律の関係

もっとも!!現代社会は複雑になりました。個人の権利や財産が大事にされるようになったのです。そうすると,もはや大昔のように,人の死を宗教だけに任せておくわけにいかない。きっちりかっちりふんぎりをつけて,法律というルールで死の事実を処理しないといけない場面もでてくる。ここに至って,人の死と,宗教と,法律(科学といってもいい)の関係が問題になります。難しい問題もたくさん出てきますね。

人の死と,宗教と,法律と。三つの関係はちょっと難しすぎるので,こんなふざけたブログに突っ込んで書くわけにいきません(誰がふざけてんねん)。なのでこういう問題は学者の先生にお任せしましょう。

私のほうでは,人の死と法律の関係の,上っ面だけ簡単に紹介して終わりにします,はい(やっぱりふざけとるな)。

と思ったら,このあたり前にもこんなの書いていた。

遺産相続をきっかけに人が死ぬこと(死亡)の意味について考えた

同じことを書いても仕方ないので,今日はもう少しポイントを絞ります。

今日のポイント。

死んだ死んだいうけど,その時期ってどう判断されるのか。また,死ぬことと対比して,生まれる時期,つまり人間として認められる時期ってどう判断されるのか。このあたりを攻めてみます。

  • 人が死んだって誰が決めるの
  • 人が死んだとされる時期について
  • 逆に,人が生まれたとされる時期について

 

◎人が死んだって誰が決めるの

奴は政治的に死んだ。氏の文学は死んだ。奴の使命は終わったね。彼はもう終わった人だよ(こういうこという人大嫌い!),,

こういうのは,言った人が決めるんです。言った人がね。同意を得られなければ独り言になりますけどね。

ふざけるな,そういうことじゃないよって?もう少し生物的(生理的)な死の事ですか?
いや,これだって同じですよ。脳が死んで,心肺が停止して,,それから細胞が順番に死んでいきますよね。じゃあどの時点ですか,死は?脳が死んだらもう元気になることはないですよ,生命は不可逆的に消えていきます。脳死もさらに研究が進めば,より前段階に死のサインがあるはず。

つまり生物的(生理的)な死だって,言った人が決めていることに変わりない。ただ,言う人が違うだけです。死というのは純粋な事実ではない。死というのは,評価なんです。死んだことにするという人間社会の評価が死亡時点を決めているのです。

じゃあ,死亡に関しては,誰の評価が一番大事にされているのか。

それは,医学(医師)と,法律(国会と裁判所)の評価です。

おいお前が最初に言った文学的な思想的な死はどうなんだ?文学的思想的な死はサブですサブ。生物的(生理的)又は医学的法律的な死というのがまずあって,そのイメージを比喩に用いているだけです。前者の死がないところに,文学的な死もない(文学的思想的宗教的死が法律の背景になることはありますが,難しい話はやんぺ)。

繰り返しますが,人の死亡というのは,ある生物的(生理的,時には物理的)な事実をもとに,医学と法律が決めた社会的な評価に過ぎない。これをまず押さえましょう。

死が社会的な評価に過ぎないとすれば,社会の要請にしたがって,死もまた変化するはず。いや変化するのが必然だ。以下そのことについて説明します。

死亡判定

◎人が死んだとされる時期について

○医学的には
心臓・肺・脳の不可逆的な機能停止と定義されていると思います。

心臓(循環器)と,肺(呼吸器),そして脳(中枢)の機能が,ここまで来からにはもう元には戻らないよという機能停止のステップに進んだ状態です。

  • 呼吸停止(肺)
  • 心拍停止(心臓)
  • 瞳孔拡大(脳)

これらが三つが揃うことを死の徴候として考えるので,三徴候説といいます。医師が三徴候を確認認定した時に,死亡の宣告がされます。

○民法的には
民法の世界でも,基本的に,この三徴候説を採用します。基本医学に乗っかります。3徴候によって死亡が確認されたその瞬間に,遺産相続が開始したり,婚姻関係が解消したりするのです。

ただ,これでは不都合な場合があります。医師が本人の死亡を確認できない場合です。そういう場合に備えて民法には仕組みが調えてあり,それぞれ死亡の時点が変わります。

まず普通に行方不明になった場合(普通失踪)。7年経てば,家庭裁判所で失踪宣告を受けて,行方不明者を死んだとみなしてもらえます。この場合,7年経った時が死亡時点です。

次に,戦争・船舶沈没その他危難で行方不明になった場合(特別失踪)。ほとぼりが冷めて(危難が去って)から1年経ってなお行方不明であれば,同じく家庭裁判所で失踪宣告が受けられます。つまり死んだものとみなしてもらえます。この場合,危難が去った時が死亡時点です。

あと,戸籍上の認定死亡制度があります。自然災害などで遺体があがらない場合,捜査機関の報告があれば,一応死んだものとして市町村に死亡届を出すことができます。この場合,当然いつ死んだか分からないので,死亡時点は,年月日の推定午前○時などとなります。

もう一つ面白い制度があります。同時死亡の推定というものです。

民法32条の2
数人の者が死亡した場合において,そのうちの1人が他の者の死亡後になお生存していたことが明らかでないときは,これらの者は,同時に死亡したものと推定する。

同じ飛行機に乗っていて墜落事故にあったとか,客船が沈没したとか,火山噴火に巻き込まれたとか,,そういうことが考えられます。このとき,どっちが先に死亡したかによって,相続人が誰になるかが変わります。死亡の先後がが分からないと,相続問題が決着しないので,民法は,こういうときは,死亡時点は同時だ,と法律上推定して問題の解決を図ります。

同時に死亡したと推定される結果,お互いの相続に関しては,どちらも相続人になりません。お互いが死んだときに,相手も死んでいて存在ないと考えるんです。死亡時点に関し,民法には,こういう制度もあります。

○刑法的には
刑法も,人の死亡時点を,三徴候説で判断します。脳死状態の人の心臓をナイフで突いて心停止させればやはり殺人罪を問うべきでしょう(脳死説をとれば死体損壊罪になる)。

○臓器移植法的には(社会法)
民法刑法といった基本法が原則として三徴候説をとるなか,臓器移植法は,脳死説を採用します。

臓器移植法6条1項本文
医師は,次の各号のいずれかに該当する場合には,移植術に使用されるための臓器を,死体(脳死した者の身体を含む。以下同じ。)から摘出することができる。

日本の法律では,臓器移植法にもとづいて臓器移植をする場合に限って,脳死が人の死となります。それ以外の場合には,脳死は人の死と認められていません。

なので,臓器移植が予定されていない人や,臓器移植が予定されている人が臨床的に脳死と認定されるだけではまだその人は死亡しておらず,臓器移植法にもとづく法的脳死判定がされてはじめてその人は死亡します。

日本臓器移植ネットワーク脳死判定マニュアル

公益社団法人日本臓器移植ネットワークより

臓器移植法によって,人が死亡するのは,医師が法的脳死判定を終了した時点です。

出生時間

◎逆に,人が生まれたとされる時期について
死があれば,生もある。出生時点についても見ておきましょう。

○医学的には
人の出生時点について医学的に正確に定義されているんでしょうか。分娩ではなくて出生時点について。

子供の体の全部が母体から出てきた時に医師などが出生時刻を確認する。それをカルテや母子手帳に書き込むのが実務だと思いますが,どなたが詳しい方は教えてください。

医学的には元気に生まれてきたかどうかが重要で,「いつ生まれてきたか」ということはどうでもいいのかもしれません(死に比べれば断然)。正常な出産は病気じゃありませんものね。

○法律的な説のいろいろ
法律というのは人間を対象にしたルールです。人間じゃないものに法律は関係ない。人間だと関係がある。なので,生まれたか生まれてないかという問題は,人間として認めていいか,認めるべきじゃないか,という問題と法律的には同じです。

この点いろんな説があるのでまずそれを一覧します(代表的なもの)。

  • 独立可能性説
    仮に胎児が母体から離れても独立して生命を維持できる可能性がある状態になっているかどうかを判断基準にする説。
  • 出産開始時説・分娩開始時説・陣痛開始時説
    文字通り,生まれそうになっているかどうかを判断基準にする説です。おかしいように思いますが,それなりに理由はあるんですよ。
  • 一部露出説
    胎児の体が母体から一部でも外界に露出していれば人間として認めるという説です。
  • 全部露出説
    これに対して,胎児の体全体が,母体から完全に露出した時点で人間として法律の世界に取り込むのが全部露出説です。物理的に分かりやすくはありますね。
  • 独立呼吸説
    子供が独立して呼吸を始めた時点をとる説。胎盤から肺呼吸に変化して始めて人間として認める考え方です。生理的にも,宗教的にも,支持者がいそうな説です。

○民法的には(全部露出説)
民法的に,生まれたかどうか,人間として認められるかどうかが,民法世界の住人になれるかどうかを分けます。民法世界の住民資格を得られるかどうか。

民法世界の住人になれないと,権利や義務の主体(オーナー)になることが出来ません。華々しい(かどうかわ分かりませんがw)人生の舞台に上がることができないんです。こういう,そもそも舞台に上がる地位のことを権利能力と呼びます。

権利能力を獲得する時期についての結論。

民法的には,全部露出説が通説です。ただし,二つほど法律上の例外があります。

一つは胎児と相続の関係。全部露出説によれば胎児はまだ人間じゃないので相続人になれませんが,法定相続人である子供になるかどうか時間差で変わっては不合理なので,例外として胎児は相続人になれると民法に書いてあります。ただ,出産するまで遺産分割は出来ないでしょうね。

民法886条(相続に関する胎児の権利能力)
胎児は,相続については,既に生まれたものとみなす。
2 前項の規定は,胎児が死体で生まれたときは,適用しない。

もう一つは不法行為。

民法721条(損害賠償請求権に関する胎児の権利能力)
胎児は,損害賠償の請求権については,既に生まれたものとみなす。

交通事故で父親を亡くした胎児は加害者に対して損害賠償請求権を持ちます。ただ,胎児の法定代理権について民法には規定がないので,母親が胎児を代理することはできず,出産後に母親が権利行使することになるはず。

以上,民放的には,全部露出説を基本としつつ,相続と不法行為については胎児でもOK。胎児の独立可能性すら求められていません。つまり胎児でありさえすればいい。

民法世界で胎児の権利が問題になったり,出産の一刻を争うのは,相続や不法行為の賠償請求権くらいのもの。これについて明文で胎児に権利能力を認めた以上,ほかに大きな問題は残されてない。それなら,ほかの部分は,分かりやすい全部露出説で行けばいいということでしょう。

○刑法的には(一部露出説)
結論からいうと,刑法は,一部露出説を採用します。通説及び判例(大判T8.12.13)ですね。

刑法の世界で,生まれたかどうか,人間として認められるかということは,どのような形で問題になるか。民法とはちょっと違います。民法では,取引の主体になれるかどうかってことでした。

刑法では,独立して犯罪の客体(対象,相手方)になれるかどうかという問題として議論されます。

胎児や分娩中の子供に暴行をしたり,これを殺したりした場合を想定してください。

子供が人間として認められれば,子供に対して独立に傷害罪や殺人罪が成立します。しかし,もしその子供が人間として認められないなら,同じ実行行為が,母親に対する堕胎罪になったりします。つまり,同じ行為が子供に対して独立した犯罪を構成しないのです

刑法は一部露出説を採用しています。部分的であっても,母体外に体が出て,独立してその生命や身体が侵害される状態になったのであれば,母親とは別に犯罪の客体として認めるべきだろうという判断です。妥当だと思います。

※ややこしい事案の想定はいくらでもできます。どの説をとっても,いくらか不都合な点が出てきます。法律は,どの説が一番ましか,という相対的な判断をします。

遺産相続が専門で得意分野とのことですが、どんな相談や依頼ができますか?

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