若いころ両親は給料が安くてお金が無かったが,必死になって働いて子供3人を育ててくれた。長男の兄は,親によく勉強する環境を与えられて,有名私立大学の大学院に進み,大手電機メーカーの技術職に就いた。兄が大学に進んだことで家計はもっと苦しくなったので,次女と三女の私たちは公立高校を出たあとすぐに働いて,家計と,兄の学費を助けた。私たち姉妹が働いていなかったら,家計も兄の学費もまったく足らなかったはずだ。その後兄は会社で出世して,横浜に一戸建ての住宅を購入し,さらに裕福な家計から奥さんをもらったので,悠々自適の生活を送っている。私たち姉妹は,気のいい旦那さんと結婚したが,生活は楽ではない。両親は頑張って働いたため,だんだん給料があがり,老後に田舎に小さい家を買い,1000万円ほどの預貯金を残した。
さて母は早くに亡くなっていたが,このたび父が亡くなったので,兄弟で遺産相続の話合いをしている。ところで兄がこういうことを言ってきた。「本来なら長男の僕が全部継ぐはずだけど,兄弟で公平に分けたらいいんじゃないか。不動産を売ったお金と,預貯金を足して,三等分することにしよう。法律どおりでいいじゃないか」さて,私は,兄のいうとおりにしないといけないんでしょうか。
あなたの疑問はずばりこういうことではないでしょうか。
「それは不公平よ。1人だけ大学院まで行かしてもらって,そのおかげていい生活をしてるのに。今まで私達が頑張ってきた分は,遺産相続で清算してほしい」
なるほどあなたがそういうのは無理もないことです。今のようなケースで,相続まで平等だったら,本当にあなたがかわいそうです。
大丈夫です。法律はこういうときのために,法定相続分を修正する仕組みを用意しています。そういう仕組みのことを,「特別受益」とか,「特別受益者の相続分」といいます。特別の受益を受けている人の相続分を減らして差し引き計算をし,公平になるようにしましょうということです。
特別受益というのは,生活の助けになるなるような大きな贈与などのことです。法律には,「遺贈又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本としての贈与」と書いてあります。生活の助けになるような大きな贈与,つまり生計の資本としての贈与などを受けている人は,遺産相続の前受けをしているので,じっさいの相続の時に,相続分で差し引き計算するのです。
じゃあ学費は本当に特別受益になるんでしょうか。どんな学費でも特別受益になるのか。そのあたりについて説明します。それから,学費の他にどんなものが特別受益になるのか。そして,特別受益があったときに,相続分の計算はどうするのかということについて,順番に説明していきます。
学費は特別受益になるか
どんな学費でも特別受益になるわけではありません。子供に世間並みの教育をつけるのが親の一般的な責任なので,ある程度の高等教育でないと,「生計の資本としての贈与」とは考えられないからです。
ではどこからが特別受益になるかということは,時代により,親の学歴や経済レベルにより変わるので,一律に判断することはできないのですが,だいたい大学以上の学費が特別受益になると考えていいでしょう。
今回のケースでは,お兄さんは大学院まで出ているので,間違いなく特別受益があったといえます。
特別受益になるものとならないもの
一般的に特別受益に当たるものと当たらないものについて,具体的な例をあげておきます。
当たるもの
- 結婚の持参金や支度金
- 大学以上の学費
- 不動産
- 高額の金銭・有価証券・動産など
- 生命保険金(原則として特別受益にならないが,判例上,相続人間の不公平が到底是認できないほどに著しいと評価すべき特段の事情がある場合に限り認められる場合がある)
当たらないもの
- 挙式費用(生活費じゃないから)
- 高校までの学費(現代では扶養の範囲だから)
- 生命保険金(遺産ではないから)
- 小額の贈与(扶養,小遣い,慰労金,礼金の範囲と考えられ,遺産の前渡しではないから)
特別受益があったときの相続分の計算
特別受益があったときの相続分の計算は次のようにします。
- 遺産の額に,特別受益の額を足して(持戻して),仮の遺産額を出します
- 仮の遺産額に,法定相続分をかけて,仮の相続分を出します
- 特別受益を受けた人について,仮の相続分から,特別受益の額を引いて,じっさいの相続分(特別受益者の相続分)を出します
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