そのままでは遺産分割協議ができないケース その1
この記事では,相続が開始して共同相続人で遺産分割協議をしたいが,「そのままでは遺産分割協議ができない」という事案を紹介します。遺産分割協議がでいないと相続の手続きがストップします。遺産分割協議をして協議書を作らないと不動産の相続登記や預貯金の解約払い戻し,証券口座の相続手続きができません。よって当然,遺産はあなたのものになりません。なので困ります。
困っているだけではそれこそ困りますので笑,そういうときにどうしたらいいのかを具体的に説明します。これを読んでいただければ,「そのままでは遺産分割協議ができない」事案において,遺産分割ができるようになり,遺産相続の手続きを前に進めることができます。
共同相続人の中に「不在者」がいると,そのままでは遺産分割協議ができない
例えば親が死んで,共同相続人である兄弟姉妹で遺産分割協議をしたいのだが,長男,次男,長女,次女?その他兄弟の中に「不在者」がいると遺産分割協議の話合いができません。話合いができないと困ります。
不在者とは,簡単に言えば行方不明の人です。もう少し正確に言うと,「従来の住所又は居所を去って容易に帰来する見込みのない者」のこと。要は,住んでいた住居所にいなくて,返ってくる見込みも見通しも分からないような人のことです。
そのままでは遺産分割協議ができない理由
話合いができなれば,その人を除外して残った人で協議すればいいじゃないか?と思われるかもしれませんが,それはできません。当人が法的に死亡しているとか,相続放棄をしているとか,とにかく法律上の根拠をもって相続人から除外されているのでないかぎり,不在者であっても法定相続人です。
遺産分割協議は,法定相続人の全員でしなければなりません。法定相続人の全員が参加していない遺産分割協議は法律上無効です。相続人の全員で遺産の分け方を話し合うのが遺産分割協議です。
そして,法律上無効である遺産分割協議をしても,その結果にもとづいて遺産・相続財産の相続手続きはできません。不動産の相続登記申請は法務局で却下されるし,銀行や証券会社に相続手続きの申請をしてもはねられます。相続の手続きには必ず相続関係を証する戸籍謄本等を添付するので,相続人の全員,つまり不在者の方が手続きに関与していない(遺産分割協議書に印鑑を押してない)ことは明らかだからです。
「そんなこと言ったって訪ねて行ってもいないんだから仕方ないじゃないか」
と,おっしゃる気持ちはよく分かりますが,「そのままでは」遺産相続の手続きが前にすすみません。そのままでは進みませんが,ある方法をとれば,不在者の方が参加した形で遺産分割協議をすることができます。遺産分割協議をすることができれば遺産の相続手続きを進めることができます。
どうしたら問題を解決できるか
その方法とは,不在者の方の代理人を立てることです。この方の代理人を立てて,代理人が遺産分割協議に参加すれば,法定相続人の全員で遺産分割協議をしたことになります。しかし,本人が行方不明である以上,代理権を与えてもらうための委任契約をすることができず,通常の任意の代理人を立てることができません。連絡がつくのであれば,代理人を立てる話よりも,先に遺産分割協議の話をしているはずです。
さて,そういうときのために,契約による任意の代理人ではなく,法律の規定にもとづいて,法定代理人を立てる仕組みが用意されています。この場合に法律上立てることができる法定代理人のことを,「不在者財産管理人」といいます。不在者財産管理人は,その名のとおり,行方不明である不在者の財産を管理する人です。不在者に変わって財産の管理等に関する法律行為をします。
今回,被相続人が死亡したことによって,この行方不明の兄弟は,法定相続人になっています。法定相続人には法定相続分という権利があります。法定相続分を持つ相続人は,一定割合で,遺産に対する財産的な権利を持っています。不在者財産管理人は,この相続に関する権利を管理し,遺産分割協議に参加して,行方不明の兄弟の法的権利を行使することができます。
(不在者の財産の管理)
民法25条 従来の住所又は居所を去った者(以下「不在者」という。)がその財産の管理人(以下この節において単に「管理人」という。)を置かなかったときは、家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求により、その財産の管理について必要な処分を命ずることができる。本人の不在中に管理人の権限が消滅したときも、同様とする。
2 前項の規定による命令後、本人が管理人を置いたときは、家庭裁判所は、その管理人、利害関係人又は検察官の請求により、その命令を取り消さなければならない。
不在者財産管理人を選任する(を立てる)具体的な方法
では,この不在者財産管理人を立てる具体的な方法を説明します。不在者財産管理人は不在者の財産を管理するという重要な任務を負いますので,誰かが勝手にこの管理人を名乗ったり,他の相続人だけで合意して,第三者を不在者財産管理人に選ぶことはできません。私的に(恣意的に)不在者の財産の管理人を決められるのであれば,不在者の権利保護にとって極めて不十分であり,この者を省いて遺産分割協議をしているのと変わりません。また私的に選べるなら,およそ法定代理人とは呼べません。
すなわち,不在者財産管理人を選ぶのは家庭裁判所です。家庭裁判所に,これこれこういう事情があって不在者の財産を管理する必要があるので,どうぞ管理人を選任してくださいとお願いをします。その申請に理由があれば,家庭裁判所は不在者管理人を選んでくれます。以降,不在者財産仮人が不在者の財産を管理するいっさいの仕事を行います。誰かが勝手に不在者財産管理人になることはできない。管理人を選ぶのは管轄の家庭裁判所だである。そして,不在者財産管理人を選んでもらうためには,利害関係人が積極的に家庭裁判所に申立てをして,その選任をお願いしなければならない。このことを押さえてください。
ということで,以降,家庭裁判所に不在者財産管理人選任の申立てをする具体的な方法を書いていきます。
誰が不在者財産管理人選任の申立てをするか
不在者財産管理人の選任を家庭裁判所に申請することができるのは以下の者です。
- 利害関係人
- 検察官
この利害関係人とは,不在者の財産を管理等することについて,「法律上の利害関係」を持っている人です。今回,共同相続人のうちの一人が行方不明(不在者)となっており,この者には相続人としての法定相続分,つまり相続財産に対する財産的権利があります。不在者には,この相続権を行使する利益と必要性があります。また不在者にこの相続権を行使して遺産分割協議に参加してもらわなければ,他の相続人は遺産相続の処理を完了させることができずに困ります。すなわち他の共同相続人には,行方不明の不在者について財産管理人を選任してもらい,管理人に遺産分割協議に参加してもらうことでこの困難を解消する法的な利害関係があるというべきですから,共同相続人は,いずれも,不在者財産管理人選任申立てをする利害関係人に該当します。
よって共同相続人のうちの誰かから家庭裁判所に管理人選任を申し立てればよいです。司法書士に申立書類の作成を依頼するなら,依頼人は,共同相続人の誰からであっても構いません。
(不在者の財産の管理)
民法25条 従来の住所又は居所を去った者(以下「不在者」という。)がその財産の管理人(以下この節において単に「管理人」という。)を置かなかったときは、家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求により、その財産の管理について必要な処分を命ずることができる。本人の不在中に管理人の権限が消滅したときも、同様とする。
2 前項の規定による命令後、本人が管理人を置いたときは、家庭裁判所は、その管理人、利害関係人又は検察官の請求により、その命令を取り消さなければならない。
どこの裁判所に申立てをするか
通常は,不在者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。不在者の最後の住所は,同人の戸籍附票や住民票を調べて確認します。
(管轄)
家事事件手続法145条 不在者の財産の管理に関する処分の審判事件(別表第一の五十五の項についての審判事件をいう。)は、不在者の従来の住所地又は居所地を管轄する家庭裁判所の管轄に属する。
何を,どのように準備して申立てをするか
家庭裁判所が不在者財産管理人を選ぶ決定は,家事事件手続法にもとづく家事審判という形式で行われます。家事審判というのは家庭裁判所の裁判官の判断だと思ってください。詳しいことは家事事件手続法やその手続規則に書いてあるんですが,要するに,書類ですること,必要な添付書類を添付してすることです。必要書類は以下のとおり。
- 不在者財産管理人選任の家事審判申立書
- 添付書類
(申立ての方式等)
家事事件手続法49条 家事審判の申立ては、申立書(以下「家事審判の申立書」という。)を家庭裁判所に提出してしなければならない。
2 家事審判の申立書には、次に掲げる事項を記載しなければならない。
一 当事者及び法定代理人
二 申立ての趣旨及び理由
3項以下略
申立書の書式見本です。
添付書類を説明します。
行方不明の不在者本人に関する添付書類
- 戸籍謄本
- 住所を証する戸籍附票
- 不在の事実を証する資料
- 不在者の所有財産に関する資料(不動産なら登記簿謄本等,預貯金なら通帳や残高証明,証券なら取引報告書等)
不在者財産管理人の候補者に関する添付書類
- 住所を証する戸籍附票又は住民票
申立人に関する添付書類
- 利害関係を証する資料(相続関係を証する戸籍謄本等一式,不在者との各種の契約書等)
なお,申立て後に家庭裁判所の書記官に追加の書類を要求されたときはそれに従ってください。裁判所に求められた書類を提出しないと審判を出してもらえません。
不在者財産管理人には誰がなるか
不在者財産管理人選任の家庭裁判所への申立書には,通常不在者財産管理人に選ばれる人の候補者を書いていきます。もちろん最終的に誰を管理人に選ぶかは家庭裁判所が決めるのですが,こちらで候補者を立てておき,裁判所にその人で問題ないと判断されれば,裁判所はその人を管理人に選任してくれます。
この候補者ですが,共同相続人の中から(共同相続人の妻や子等を含む)選ぶことはできないと考えてください。共同相続人は不在者と遺産分割協議をする当事者なので,管理人にとって都合よく,不在者にとって不都合なお手盛りの遺産分割協議をするおそれがあるからです。そう,不在者の財産管理人は,基本的に不在者の財産を管理するのが仕事です。つまり不在者の財産に関する法的権利を確保するのが仕事なので,この方針に違う恐れのある管理人を選任することを裁判所は嫌います。
といって,誰も候補者を立てないで申立てをしたら,裁判所が持っている名簿の中からあなたの知らない弁護士や司法書士を選任されてしまいます。なので,もしあなたが,ある程度事情を知っている人を管理人に選任してもらい,その後の遺産分割の手続きをスムーズに進めたいとお考えなら,不在者財産管理人選任の申立書の作成を司法書士に依頼し,その司法書士を管理人の候補者に立てる(そのように申立書に書いてもらう)とよいです。
不在者財産管理人が選任された後の流れ
これだけじゃ足りない!さらに1件申立てをする!
さて,こうして家庭裁判所に不在者の財産管理人の選任をしてもらったら,早速遺産分割協議を成立させて相続処理を進めたいところですが,まだです。まだできません。これだけでは,遺産分割協議を有効に成立させることはできません。
というのも,不在者の財産管理人の基本的な仕事は,不在者の財産をそのままの形で保存管理することであって,遺産分割協議に参加して遺産分割をすることは,これに含まれないからです。
不在者財産管理人の基本的な仕事は,,,
- 保存行為
- 物又は権利の性質を変えない範囲でする利用行為及び改良行為
遺産分割協議に参加して遺産分割をすることは,,,
上記保存行為,利用行為,改良行為を超える行為であると法律上解釈されている!まあそれは,遺産分割をしたら,相続した物や権利の性質を変えることになるので,民法103条二号の権限を越えるのは法文上明らかです。
(管理人の権限)
民法28条 管理人は、第百三条に規定する権限を超える行為を必要とするときは、家庭裁判所の許可を得て、その行為をすることができる。不在者の生死が明らかでない場合において、その管理人が不在者が定めた権限を超える行為を必要とするときも、同様とする。(権限の定めのない代理人の権限)
同103条 権限の定めのない代理人は、次に掲げる行為のみをする権限を有する。
一 保存行為
二 代理の目的である物又は権利の性質を変えない範囲内において、その利用又は改良を目的とする行為
そんなアホな,,,
と言いたいところですね。何のために不在者財産管理人をつけてもらったのか,と。
大丈夫です。ここまでは間違っていません。不在者財産管理人を選任してもらうところまではどのみち必要です。いまやらなければいけないのは,もう一歩進むこと。さらにもう1件,裁判所の許可決定をもらうことです。
何の許可かといいうと,いま説明したところからもお分かりのとおり,「不在者財産管理人の権限外行為の許可」です。不在者財産管理人が選任されていることを前提として,その不在者財産管理人が,その基本的権限である民法103条を超える行為をするので,これについて特別に許可をお願いしたい,とする許可の申立てです。
不在者財産管理人の権限外行為許可審判申立ての手続き
この申立ても管理人を選んでもらったときとだいたい同じように行います。つまり,以下の書類を裁判所に提出して行います。
- 申立書
- 添付書類
申立書書式見本
添付書類
添付書類は,不在者財産管理人選任申立てをしたときと重複するので,管轄裁判所に改めて何を出せばいいのか確認しましょう。ただし,以下は必ず必要です。
- 権限外行為となる事項の資料
つまり,どういう権限外行為をしようとし,何に対して許可を求めるのか書面で明らかにします。今回の事例であれば,遺産分割協議書(案)がそれにあたります。今後やろうとしている遺産分割協議の内容をそのまま書面にして家庭裁判所に提出します。許可審判は,「別紙を許可する」というような形で出されます。
権限外行為許可の審判が出たら
ここまで来たらようやく遺産分割協議をすることができます。家庭裁判所に不在者財産管理人を選任してもらい,さらに予定している協議内容を遺産分割協議書(案)にして家庭裁判所に提出し許可をもらいました。これで準備はOKです。
ここからは,裁判所で選任された不在在社財産管理人を行方不明の不在者そのものとして協議に参加させ,通常どおり遺産分割協議を進めてください。協議内容は裁判所で許可をもらったとおりにすること。遺産分割協議の仕方と遺産分割協議書の書き方は以下にまとめておきましたので参考にしてください。
なお,遺産分割協議書ができたら,その他必要書類とともに関係機関にこれを提出して,相続財産の名義変更等の処理を進めていきます。通常共同相続人のみで遺産分割協議書を作成したら,共同相続人全員の印鑑証明書を遺産分割協議書に付けます。ただし今回は,不在者の代わりに不在者財産管理人が協議に参加しているので,協議書に実印を押すのは不在者財産管理人であり,協議書に添付すべき印鑑証明書も不在者財産管理人の印鑑証明書です。あと,不在者財産管理人の選任審判書の謄本も要りますね。これを付けないと,関係機関としては,遺産分割協議書に実印を押した不在者財産管理人の法定代理権限を認識できないからです。これらの点にご注意ください。
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