垣根涼介著「君たちに明日はない」と,続編の「借金取りの王子」(新潮文庫)を読みました。この2冊を原作としたテレビドラマがNHKで放送されていたのを見たことがきっかけです。
村上真介は30代前半のサラリーマン。しかし彼が勤めるのは普通の会社ではなく,企業からリストラを請け負うのが専門の会社で,真介の仕事はリストラ対象者の面接官なのです。実際,日本には現在このような会社は存在しないそうです。でも,本当にあるのでは?と思わせるほど,その描き方がリアルです。希望退職者を募るという名目で人員削減の対象となっている部課の全員に面接を行うのですが,企業からは,削減したい人数だけでなく,必ず辞めさせて欲しい人,できれば残して欲しい人,などという希望が告げられており,それに応じた面接テクニックが要求されます。手に汗を握る緊迫した面接シーンの描写は,この小説の見所の一つです。業務終了後も油断は禁物。辞めることとなった人たちからはしばしば恨みを買い,後日,路上で鉢合わせた際にいきなり暴力を振るわれたり,事務所のドアに落書きをされたりすることも。本当にあったら,ストレスに押し潰されてしまいそうな職業です。
そんな環境でも,納得して常にクールに仕事をこなしていく真介。ある日,建材メーカーからの依頼で面接を行った真介は,自分の担当者のなかで,芹沢陽子という女性に好意を持ちます。陽子は40代でバツイチ。その建材メーカーでは課長を務めるキャリアウーマンで,絶対に辞めさせてほしくないリストの一人でした。とあるきっかけで陽子と再会することとなった真介は,面接をした人物とは個人的な付き合いをしてはいけないという社内規定に違反して,なんと,知り合ったばかりの陽子にいきなり自分の想い告げるという大胆な行為に出ます。陽子は最初,「なんて軽い人なの!」と怒って激しく拒否しますが,真介のアタックによって次第に惹かれてゆき,やがて二人は付き合うようになります。
小説の一貫した主人公は真介と陽子で,二人の恋と成長の話がベースとなっているのですが,依頼のある企業ごとに読みきりの短編集となっており,さらにその短編ごとに,真介が面接を行ったリストラ対象者のうちの一人がクローズアップされて,サブの主人公として物語が展開されるという構成になっています。
メーカー,銀行,デパート…さまざまな企業で,リストラという危機に直面した各話の主人公たちは,辞めたら「転職が苦労」「夢を諦めることになる」,続けても「減給」「昇進が望めない」など,どちらを選んでも最悪の袋小路だと絶望に打ちひしがれて悩みます。しかしこれをきっかけに,自分の過去,現在,そしてこれからについて否応でも考えざるを得なくなり,そうしていくうちに,自分が納得する幸せな人生とは条件や環境のみで決まるものではないと気が付いて,その人らしさを取り戻し,前向きな,晴れ晴れとした気持ちになってそれぞれの人生の選択をしていくのです。次々と展開される,リアリティあふれる人間ドラマに,ついつい,深く感情移入してしまい,私も自分自身について色々と考えるきっかけになりました。また,圧迫的な小説のタイトルや,リストラの話という設定を最初に強調することであえて読者に暗いイメージを想像させておき,全く逆の,明るく爽やかな読後感をもたらすというのは,各話の主人公たちが絶望から希望へと変化していく過程とりンクさせているようで,なかなか粋な演出だなと思いました。
全体のナビゲーター役でもある真介と陽子は,ブレない自分の「軸」をしっかり持っており,かといって自分本位に偏ってしまわず,人のこともちゃんとよく見ていて,とても柔軟な生き方をしています。恋愛についても,結局,真介は陽子との付き合いが社長に知れて冬のボーナスが10%減となってしまうのですが,「この人だ」と思う女性を逃さない行動力は男らしくて,魅力的です。陽子も,若い彼氏ができたからといって有頂天にはなりません。真介のことは好きだけれども,二人の関係について冷静で客観的な視点も持っています。しかし,こんな素敵な二人も,かつては挫折を経験しており,それを乗り越えて今に至っているのです(二人の過去についてもちゃんと書かれています)。真介と陽子は,各話の主人公たちがこれから到達していくと思われる人物像の良き例であり,そして読者から見ても理想だと思う一例として描かれているのではと感じました。
本を読むことで,不安が和らいだり,ちょっとした気付きがあったりするものです。今,何かに落ち込んでいたり,迷ったりしている人,焦っている人などに,是非読んでほしいと思います。読み終えたときに,何だか霧が晴れたような,ホッとした気持ちになること間違いナシです。