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映画「HACHI 約束の犬」を観に行きました。1987年に日本で公開された「ハチ公物語」を,ハリウッドでリメイクしたものです。私はオリジナルの映画は観ていないのですが,ハチ公のお話はもちろん知っています。鑑賞前は,アメリカに秋田犬が登場すること自体がどうしても違和感があるのではないかなと思っていたのですが,そのような気持ちは映画が始まってすぐに消え去ってしまいました(以下,映画のネタがばれます)。

アメリカ東海岸の街にあるベッドリッジ駅。出張から夜遅く帰ってきた大学教授のパーカー・ウィルソン(リチャード・ギア)は,ホームで一匹の子犬を拾います。近くに落ちていたカゴには送り状が付いており,どうやら誰かに届けられるはずだった犬らしいということは判明しましたが,送り状は半分破れており,行き先は分かりませんでした。パーカーは駅員に子犬を預かってもらうよう頼みますが,断られてしまい,仕方なく家に連れ帰ります。ところが妻のケイトは,犬は飼わないと大反対。ひとまず飼い主が現れるまで預かるということで話がつきました。

数日後,パーカーが教授仲間で日系人のケンに犬を見せたところ,「これは秋田犬という日本の犬だね。首輪についているタグに書かれている「八」というのは英語で8の意味で,日本ではラッキー・ナンバーなんだ。もしくは8番目に生まれた子かもしれないね」と教えてくれました。その日から,子犬を「ハチ」と名付けてかわいがるようになったパーカー。子供のようにはしゃぐ夫の楽しそうな姿を見て,ケイトも仕方なく,ハチを家族の一員にすることを認めます。

時が経ち,ハチはたくましく立派な成犬になりました。ある朝,ハチは出勤するパーカーを追いかけてベッドリッジ駅まで付いてきてしまいます。それがきっかけで,駅までの道順を覚えたハチは,なんと,毎日朝と夕,パーカーの送り迎えを始めるようになるのです。とても幸福な,パーカーとハチの関係。でもその幸せは,長くは続かなかったのでした。

ハリウッドでのリメイクというと,オリジナルとほど遠くなってしまう例もたくさんある中で,この映画は実話とほぼ同じ,違うとところと言えば,ハチが拾われた犬であるということや,教授の専攻が農学ではなく音楽というように設定が若干異なる程度でした。特にハチについては,ケンのセリフやパーカーが秋田犬についてインターネットで調べるシーンなどで,その辺の犬とは違う,日本の特別な素晴らしい犬種だと強調しており,また,エンドロールの直前には,実在したハチ公についての解説が入っているなど,実話に対する敬意が強く感じられ,好感が持てました。

また,ラッセ・ハルストレム監督の,分かりやすく,それでいて控えめな,穏やかな演出が素晴らしかったです。単純に,涙を誘おうとか,感動させようという意図は感じられませんでした。パーカー教授の突然の死や,10年という長い間,毎日駅まで通い続けるというハチの行動,そして年老いたハチの死を,驚くほどあっさりと,淡々と綴ることで,主人を失ったかわいそうな犬が,何年も帰らぬ主人を待ち続ける悲話ではなく,ハチの強い意志だとか,主従関係というよりも個と個の友情,思いやり,強い信頼関係が,とてもよく表現されていると思いました。時々挟まれる,ハチの視線のモノクロ映像や,パーカー教授の奏でるピアノも,情緒的で美しかったです。

パーカーの死後,ハチは娘夫婦に引き取られていきますが,脱走し,駅の近くで半ば野良犬のように過ごすようになります。また,10年後,ハチは年老いて足取りも重く,死期が迫ったことが一目で分かる風貌になっているのに対し,俳優陣は全く老けメイクはしていません。ハチのような行動をとる犬は,あまりいないのかもしれません。しかし,私は,犬にとって飼い主がいかに大きな存在であるかということ,そして,人間と犬の,寿命の長さの違いについて,あらためて考えずにはいられませんでした。飼い犬にとっては,「一度決めた主人を変更せず,一生その主人とともに過ごす」というのが,基本の生きかたなのです。この物語のように,飼い主に突然の死が訪れるという可能性もあります。でも犬を飼うときは,少なくとも10年以上,自分が責任を持って面倒を見るのだという覚悟が必要なのです。映画の最後で,パーカーの孫が,祖父と同じように秋田犬を「ハチ」と名付けて飼い始めるのですが,この子はちゃんとそのことを理解していると思いました。これから初めて犬を飼おうと思っている観客にも気付いてほしい,私は心からそう願いながら映画館を後にしました。

先週,シネ・リーブル梅田に,「ウルトラミラクルラブストーリー」を観に行きました。脚本,監督は,1978年生まれ(今年で31歳)の新人,横浜聡子さん。2006年の自主制作映画「ジャーマン+雨」で,第48回日本映画監督協会新人賞を受賞され,今回の「ウルトラミラクルラブストーリー」は,商業映画初作品となるのですが,主演が松山ケンイチさんでヒロインが麻生久美子さんという豪華メンバー!きっとすごい映画に違いない!と思って以前から興味を持っていました。しかし,上映されるのは全国でたった26スクリーンと,さすがに小規模でした。たぶんお客さんは,松山さんファンの若い女性が多いんだろうなと思うと,ちょっと恥ずかしかったので,いつも映画は1人で行くのですが,今回は友人を誘って2人で鑑賞してきました(以下,映画のネタがばれます)。

青森の田舎で,農業を営む変わり者の青年,陽人(ようじん)(松山ケンイチさん)。落ち着きがなく,子供のような行動をする彼は,キャベツに付いた青虫と日々格闘しています。そんなある日,東京から保育士の美しい女性,町子(麻生久美子さん)が引っ越してきました。町子が青森にやってきたのは,亡き彼氏のことについて,有名な占い師「三上のカミサマ」に話を聞いてもらうためでした。元彼の要(かなめ)は,浮気相手を車の助手席に乗せて運転中,事故で亡くなったのですが,その際に首が飛んでしまい(!),まだその首が見つかっていないため,町子は彼の死を受け止めきれておらず,また,要が自分のことを一体どう思っていたのか,それが知りたくてずっと悩んでいたのです。

かねしろ幼稚園に勤務することになった町子は,祖母と一緒に幼稚園に野菜を売りに来た陽人と出会います。町子に一目ぼれした陽人は,町子に猛アタックを開始,町子が嫌がってもお構いなしです。迷惑そうにする町子先生。騒動ばかり起こす陽人を見かねた陽人の祖母は,外出禁止令を出します。暇つぶしに,通りすがりの子供に手伝ってもらい,他人のキャベツ畑に首だけ出して埋まってみる陽人。子供はそばに置いてあった噴霧器で,農薬を畑一面に散布して帰っていってしまいました。陽人は畑に取り残されて,夜を迎えます。次に気が付くとそこはかかりつけの三沢医院のベッドの上でした。「静かじゃ」とつぶやく陽人。農薬を撒かれたことがきっかけで,どういうわけか性格が大人しくなった陽人は,次の日,幼稚園に行って,町子に今までの振る舞いを謝ります。「なんか陽人さん,人が変わったみたい」とびっくりする町子。陽人は,前よりも今の陽人の方がいいと言う町子先生に好かれるため,なんと,自ら農薬を浴びるというとんでもない行動を始めるのでした…。

セリフは全て津軽弁(町子だけは東京から来たので標準語),物語は田舎の風景の中で,すごくリアルな描写で始まるのですが,陽人が農薬を浴びてからは,話は一気に,絶対に有り得ないようなファンタジーな展開(まさにウルトラミラクルな状況)と変化していきます。私は意外とすんなり受け止めて鑑賞することができましたが,違和感を覚えて「どうして?」「意味が分からない」と拒否反応を起こしてしまう人も多くいるようで,この映画の感想はどうも賛否両論が激しいようです。

そんなふうに感想が分かれるのは,おそらく,ことごとく観客の予想を裏切っていく表現方法をとっているからなのだと思います。物語には,都会(東京)と田舎(青森),大人と子供,生と死,フィクションと現実,など,対比できる要素がたくさん出てくるにもかかわらず,これらを比較して描くのではなく,逆に,境界線を無くしてしまう描き方をしているのが,観客にとっては未知との遭遇で,付いていけなくなる人が出るのではないかと思いました。のんびりした田舎の風景に癒されるかな?と期待していると…,あれ?おばあちゃんは携帯電話を使っているし,国道は交通量が多く,道沿いには大きなホームセンターなどが立ち並んでいるではないですか。現代の田舎なのです(東京についてはテレビに映っているだけです)。主人公の陽人は,まさに大人と子供の間にいる存在です。医学的に見ると脳に障害があることになるのですが,監督は「病気が重要なポイントではなくて陽人の性質が重要」と,雑誌のインタビューでおっしゃっていました(ただ,子供のように原始的な性格でわがままに生きている人を描きたかったのだそうです)。変わった行動ばかりする陽人ですが,村の人々も町子も陽人のことを「病気の人」としてではなく,ありのままの存在で受け止めて接しています。また,陽人は農薬を浴び続けた影響で一度心臓が止まりますが,でもなぜか起き上がり(!)心臓が止まったままで,生きているのだけど死んでいるような,不思議な状態が何日間か続きます。さらに,その状態のときに,陽人は町子の元彼,要の亡霊と出会います。首のない要と普通に会話する陽人,ここまでなら陽人の夢なのかなあと解釈できますが,なんと陽人は,要から靴をもらうのです!要が去って行った後でも,陽人はちゃんと靴を履いているので,この部分に関しては確かに現実なのです。

このように,一見,どう解釈すればいいのか分からないアプローチをしてくる,斬新な作りの作品なのですが,監督は,決して観客に解釈を丸投げしていい加減に作っているのではなく,既成概念,思い込みの枠をはずすことで,本質的なことを追求する,そんな映画作りを目指しておられるのだと思います。

例えば,人と人との関係についてです。恋人とか,友達とか,人間関係を表す言葉はいろいろありますが,最後に陽人と町子との間には,どんな言葉でも形容できないような,暖かな関係が生まれます。私たちが通常考えている「ラブストーリー」ではないけれども,お互いかけがえのない存在となったことは確かなのです。心が通い合っている,信頼関係があるという意味で「両思い」なのではないでしょうか?そのように考えると,親子関係や,恋愛関係でも真に「両思い」でないかもしれませんし,反対に,ただの隣人であっても,「両思い」であることもあるのだ,と見ることができると,私は思いました。映画では,陽人,町子,陽人のおばあちゃんをはじめとする村の人々,幼稚園の子供たち…全ての人間関係がとても暖かく,全員が「両思い」の関係になっていると思いました。

衝撃のラストシーン(ぜひ,劇場でご確認ください!)に監督が込めた思いは「希望」だそうです。陽人が農薬を浴びていることを知った町子は,陽人に「そんなのに頼ったってしょうがないじゃない!」と言うのですが,町子も最初は元彼についての悩みを解決しようと,「三上のカミサマ」に頼ろうとしていました。そのトラウマが森に消えていって,爽快な気持ちに包まれる町子。客観的に見ると,悲しい出来事も起こっているのですが,それよりも,人の持つ生命力,人と人との心がぶつかり合って,化学反応のようなものを起こし,お互い変化していくエネルギー,そして何よりも,登場人物たちの「愛」を強く感じて,観終わってしばらくしてからじわじわと,幸福感が湧いてくる,とっても不思議な映画でした。賛否両論あれども,誰もが同じ解釈,感想を持つ映画ってつまらないと思います。人の心を動かして,10人が鑑賞すれば10通りの解釈が生まれる,そんなパワーのある映画を,横浜監督にはこれからも作り続けていっていただきたいと思いました。今後の作品がとても楽しみになってきました。

最後に…。客層は予想通り,若い女性ばっかりで(カップルも数組いました),友人と一緒で良かったです。さらに,彼女はまったく予備知識無しで鑑賞しましたが「風変わりだったけど,心が温まる,よい映画でした」という感想だったので,ダブルで良かったです(ホッ)。それから,俳優さんたちは全員,素晴らしい演技でした。現地でオーディションを行って採用したという子役のみんなも,演技が初めてとは思えない,いい味を出していました。

連休中に,映画「鴨川ホルモー」を観に行きました。去年1月にテレビドラマ化されて話題となった「鹿男あをによし」の原作者,万城目学(まきめまなぶ)さんのデビュー作の映画化で,万城目さんの小説のファンである私は,果たしてどのような映像になっているのだろうかと,とても楽しみにしていました(以下,映画のネタがばれます)。

京都大学へ二浪の末合格した安倍(山田孝之さん)は,同級生の高村(濱田岳さん)と葵祭でのアルバイトに参加した帰り道,同じ大学の三回生である菅原(荒川良々さん)から声をかけられ,「京大青竜会」というサークルに入らないかと勧誘を受けます。しかし渡されたチラシを見ても,具体的な活動内容は書かれておらず,一体何のサークルなのかさっぱり分かりません。安部も高村も不信に思いますが,何となくコンパに行ってみたところ,居酒屋「べろべろばあ」には多くの新入生が集まっていました。安倍は,そこに来ていた新入生の一人である早良京子(芦名星さん)に一目ぼれ。強引に高村を誘ってサークルに入会します。活動は,最初のうちは飲み会やハイキングなどのようなレクリエーションばかりでした。しかし一定期間の後,先輩たちから,実は「京大青竜会」とは京都に1000年も前から伝わる「ホルモー」という謎の競技を行うサークルであることが告げられ,この日を境に安倍たち新入生には「ホルモー」を行うための訓練の日々が始まるのでした。…と,ここからは「ホルモー」についての説明をしたいところなのですが,設定が細かいため,競技の内容やルール,「京大青竜会」のメンバーと安倍の恋etc…大まかなストーリーについてはこちらをご覧になってください。

鴨川ホルモー 出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

「ホルモー」の主役である「オニ」たちは,当然CGで制作するしかないわけですが,これが素晴らしい出来で,形も動きも想像以上によくできており感心しました。原作ファンのみなさんもほとんどの人が納得されるのではないでしょうか?それから,「オニ」に命令を発するとき,いちいち大げさな振り付けがあるのが良かったです(原作では振り付けがあるかないかは書かれていません)。役者さんたちがもの凄い形相で(もう,血管がキレそうな感じで)「オニ語」を発しながら気合の入ったポーズを取って「オニ」たちに命令する様を見て,実際に戦うのは「オニ」たちなのですが,命令だけでもものすごく体力が要りそうだなあと思わず笑ってしまいました。「オニ」は一般の人たちには見えませんから,側からサークルのメンバー以外の人が試合を見ていたら,何をしているのか全く不明で,滑稽です。でも学生の時って,社会人になってから振り返ると「何であんなことを」と思うような,どうでもいいようなことに一所懸命になったり,時間を費やしたりするものですよね?映像化された「ホルモー」を目にしたことで,あらためて「ホルモー」という競技そのものが,そんな青春の象徴として描かれているように思えてきてなりませんでした。

安倍の暮らす安アパートの部屋は,私の思っていた雰囲気そのもので驚きました。高村がいる百万遍寮のロケ地は吉田寮だそうですが,その汚さといったら,なんと言いますか…いかにも古典的な貧乏学生の生活!って感じがかえっていいなあと思いました。居酒屋「べろべろばあ」は外観,内装ともに,古さだけでなく,「ホルモー」の歴史を受け継ぐ場所として使われている伝統が感じられて素敵でした。先輩のおごりとなると,先輩たちの話にはほとんど耳を貸さずに料理にがっつく新入生たちの姿が微笑ましかったです。この物語に描かれている魅力の1つである,時代を問わない普遍的な大学生の生活ぶりが,さらに生き生きと表現されていると思いました。

ところで,「ホルモー」は陰陽道からヒントを得て考えられた競技で,「ホルモー」を行うサークルがある4大学の位置とそのサークル名は陰陽五行説から,主人公の安倍という名前も陰陽師の安倍晴明から取られているように,歴史ある京都には何かしら神がかり的な,不思議な大きい力があって,それらによって「京大青竜会」のメンバーも選ばれ,動かされているという,ちょっと怖いような,けれどもワクワクする設定の上に,この青春物語は繰り広げられています。でも映画ではこの点については,あまり説明がありませんでした。もちろん,安倍たちが「十七条ホルモー」を発令したことで,神々の怒りを買ってしまい,不気味な声を聞くようになったり,暗雲が立ち込めて大鬼が暴れだしそうになったりするなど不穏な空気が広がり,最後にもピンチが訪れるのですが…話のテンポのよさに乗りすぎてしまっているせいか,「本当に神々を怒らせたらマジでえらいことになる!」という怖さがあまり伝わってきませんでした。青春コメディー映画としてはこれでも十分なのかもしれませんが,私としてはもう少しこの「神々の大きな力」について説得力が欲しかったです。

演技については,山田孝之さん,濱田岳さん,荒川良々さんは文句なく上手いと思いました。意外だったのは楠木ふみ(凡ちゃん)役の栗山千明さん。クールな雰囲気の栗山さんは,おかっぱ頭に黒ぶちメガネでダサダサの凡ちゃんのイメージとはほど遠かったのですが,映画を観てびっくり!完全に凡ちゃんそのものになっていました。

全体的には,とても面白かったですし,映画版ならではの良さもいっぱいあったのですが,原作ファンとしてはどうしても映画に盛り込めていない原作の設定等について気になってしまい,少々物足りなさを感じた部分もあったので,それだけがちょっと残念でした。興味を持たれた方は,まず映画を観てから原作を読まれることをオススメします。

先日,映画「ミーアキャット」(ジェームズ・ハニーボーン監督 イギリス映画)を観に行きました。アフリカのカラハリ砂漠に生息するミーアキャットの生態に迫ったドキュメンタリー映画です。彼らの愛らしい姿が見られるのも楽しみでしたが,製作がBBCということで,大自然の映像美にも期待を膨らませて映画館へと向かいました(以下,映画のネタがばれますのでご注意ください)。

ミーアキャットはマングースの仲間で,体長約30センチ,身体は細長く,長い尻尾を持ち,顔も細長くて,目はクリッと丸いですがモードメイクのような黒い縁取り模様があるのが特徴的です。家族で群れを成し,地中深く掘った穴の中で生活をしています。主な食べ物は昆虫やサソリ,木の根など。社会性が強く,餌を探しに行くときも,捕獲する役と見張り役とに分かれて連携したり,年長者が年少者にサソリの捕らえ方など狩りの仕方を教えたりと,常に協力し合い,その様子はまるで人間のようです。映画では,撮影クルーが3ヶ月かけて接近に成功した,とあるミーアキャットの家族を追い,生後3ヶ月の赤ん坊に「コロ」と名前をつけ,彼が成長していく様を描いています。

巣穴から出てきたばかりの,体長がまだ10センチにも満たないコロにとっては,大自然は全てが巨大です。さすがBBCだけあって,小さなコロの目線で撮った映像は迫力満点でした。人間に置き換えてみると,カメの甲羅は砂利を積んだトラックのように大きく,キリンの背はビルのように高く,天敵のワシは飛行機のような轟音で羽ばたきながら迫ってくる,という感じです。でもコロは外の世界が興味深くてたまりません。怯えながらも,頼りになる兄に着いて行き,何度も危険な目に遭いながらも,次第に厳しい自然界で生き抜く力を身に付けていくのです。物語のクライマックスで,兄が遭ったのと同じような絶体絶命のピンチがやってくるも,危機一髪で難を逃れるシーンでは特に手に汗を握りました。

でも,始終ハラハラする場面が続くわけではありません。彼らは朝起きるとまず,群れ全員で一斉に後ろ足で立ち,太陽にお腹を向けてのんびりと日光浴をします(これは,砂漠気候で一日の寒暖の差が激しいので,お腹を暖めて体温を上げるための行為だそうです)。しかしずっと立っているとだんだん眠くなり…そのうち何頭かが耐えられずパタッと倒れてしまう様子は,何ともコミカルで,思わず声を上げて笑ってしまいました。また,ミーアキャットは表情豊かで動きも全てが可愛らしく,巣穴で家族仲良く丸くなって寄り添い眠る姿や,仲間の肩にそっと手を回して抱きしめるような仕草をするところなどは微笑ましくて,その姿に心癒されました。

アフリカの壮大な自然や,ミーアキャットを取り巻く動物たちの映像もバランスよく織り交ぜてありますが,全体を通してコロの成長物語という脚本が一貫しているため,ただのドキュメンタリーではなく,映画作品としてまとまりのある上質な仕上がりになっていると思います。観終わった時には,何だか自分がミーアキャット一家にお邪魔して,しばらく滞在してきたかのような気分でした。

動物が必死に生きていく姿には,とても勇気付けられます。たまにはこのようなドキュメンタリー映画を観るのもいい刺激になると思いました。コロたちのひたむきな生活ぶりを見て,「悩んだり迷ったりしている時間は勿体ない,ただ前進あるのみ!」そんなふうに自分に言い聞かせずにはいられませんでした。

昨日,映画「容疑者Xの献身」を観に行きました。私は元々,原作者である東野圭吾氏の小説のファンで,もちろんこの映画の原作も読みましたし,テレビドラマの「ガリレオ」も見ていました。映画のキャストがテレビドラマと同じということでしたので,確かにドラマは面白かったけれども,あのノリを映画に持ち込んでドラマのスペシャル版のような軽い作りになっていたら嫌だなあと,観るまでは少し不安に思っていました(以下,映画のネタがばれますのでご注意ください)。

ところが,冒頭で湯川が行うド派手な爆発の実験シーンと,エンドロールの最後のほうで少しだけ流れたドラマのテーマ曲以外は,完全に映画仕様になっていて,ドラマとは全く違うものに仕上がっていました。

元ホステスの花岡靖子は,現在は弁当屋で働いており,娘の美里と二人で質素に暮らしていました。しかし,靖子の別れた夫,富樫慎二は花岡母子がどこに引っ越しても必ず探し出しては靖子に復縁を迫り,暴力を振るいます。ある日,突然アパートにやってきた富樫と大喧嘩になった花岡母子は,コタツのコードで富樫の首を絞めて殺してしまいました。その様子を壁越しに聞いていた,隣の部屋に住む天才数学者・石神は,彼女らを救うために事件の隠蔽をすると申し出るのです。後日,旧江戸川で富樫の死体が発見され,警察は花岡靖子を容疑者として捜査し始めます。ところが,彼女には完全なアリバイがあり,どうしてもそれを崩すことができません。そこで草薙刑事は友人である天才物理学者湯川に相談を持ちかけます。初めは興味を示していなかった湯川ですが,花岡母子の隣人である石神が大学時代の友人であることが分かり,さらに石神が事件に関わっているようだと察知してからは,積極的にその真相解明に乗り出していきます。

湯川学シリーズの作品ですので,主人公は湯川学(福山雅治さん)なのですが,この物語における中心人物である,石神を演じた堤真一さんと花岡靖子を演じた松雪泰子さん,このお二人の演技が素晴らしくて,私の描いているイメージとぴったりだったので感激しました。特に堤さんはすごい俳優さんだと思います。原作を読んだ人なら,堤さんが石神を演じるとカッコ良過ぎるだろうと思うのではないでしょうか?私もそう思っていました。ところが,見事にむさ苦しい風貌の石神に成りきっておられてびっくりでした。高校教師である石神が授業をしているシーンで,黒板に数式を書きながら説明をしている時の,どこを見ているのか分からない目つきは,数学のことしか考えていないオタクそのもので,ちょっと怖かったです。打って変わって,湯川と横断歩道を挟んで対峙するスローモーションのシーンや,映画オリジナルの,湯川との登山シーン,ここでの目つきは鋭く,セリフがなくても,石神の人物像や,石神がどういった思いを抱いているのかが,よく伝わってきました。松雪泰子さんについては,とても「デトロイト・メタル・シティ」の過激な女社長と同一人物には見えなかったです。花岡靖子は,美しいけれども他には特徴がない,目立たない平凡な女性です。でも,しっかりとした存在感がありました。感情の表現がとても細やかで,日本アカデミー賞で優秀主演女優賞を受賞された「フラガール」の時の演技よりも良かったと思いました。

石神が仕掛けたトリックはすごく意外なもので,予想できる人はおそらくいないでしょう。湯川はそれを見抜きますが,では自分はどのように行動するべきなのかという,いつものように得意の論理では答えが出せない難問を突きつけられます。いつの間にか私たちは,トリックの謎そのものよりも,湯川の苦悩,石神の湯川と花岡母子に対する気持ち,花岡母子の戸惑いといった心理的なものにどんどん引き寄せられ,彼らと同じように「愛とは?」「友情とは?」と考え,答えを出そうとしていることに気が付きます。生きる意味を見失い,一度は自殺を決意した石神。それを引き止めるきっかけとなったのが隣に越してきた花岡母子でした。「石神は花岡靖子に生かされていたんですね」という内海刑事のセリフは正しいですが,湯川の「石神は初めて本気で人を愛したんだ」という言葉には,私は疑問を抱きました。石神がしたことは本当の愛でしょうか?

石神は花岡靖子を愛していたから完全犯罪を計画したように見えますが,本当は,花岡母子の幸せな日常を見守る楽しみを継続させたかったのと,願わくはこの恋を成就させたいという欲望があったからに過ぎないのではないでしょうか?私は,タイトルどおり「献身」という言葉は当てはまっても「愛」とは言えないと思います。石神は湯川と同じく,変わり者ではありますが常識のある人間で,本当はそのことを分かっているはずです。雪山のシーンで,湯川が,石神のことを友人と思っていると発言したのに対して,石神は「俺には友人はいない」と答えましたが,これは,「俺は君の友人としての資格はない」いう意味なのではないかと思いました。

湯川は真実を花岡靖子に話し,彼女は自首することを決意します。「私も償います。あなたのためにできることはそれだけです」と謝る花岡靖子の姿を見て号泣する石神。湯川と花岡靖子は,本当の友情,愛情をもって石神に向き合いました。石神の号泣は,計画が達成できなかった嘆きではなく,あふれ出してきた後悔の念による叫びだったのではないかと思います。

映画オリジナルの設定としては,雪山のシーン以外に,原作では3月の話であるのをクリスマスシーズンに変えたのも,物語全体にあふれる切ない雰囲気を盛り上げて良かったと思います。テレビドラマのキャストは極力目立たせず,原作の良さを最大限に表現した力作だと思いました。

昨日,松山ケンイチさん主演の「デトロイト・メタル・シティ」を観に行きました(以降,ネタがかなりばれますので,今から観に行かれる予定の方は,観てから読んでください)。

ストーリーは,オシャレなポップミュージシャンを目指して大分から上京した根岸くんが,大学卒業後に所属したデスレコーズの社長の意向で,なんと,自分がいちばんやりたくなかった音楽である,悪魔メイクで恐ろしい歌詞を熱唱するデスメタルバンド,「デトロイト・メタル・シティ」(略して「DMC」)のギター&ボーカル,ヨハネ・クラウザーII世としてデビューすることになってしまい,自分は嫌なのに何故かバンドは売れに売れ,本人の意に反してどんどんカリスマ的な存在に祭り上げられていくという悲劇(喜劇)を描いたギャグコメディーです。

原作は,私は全く知らなかったのでネットで情報収集をしたところ,超過激な下ネタ満載のギャグ漫画で,ものすごく人気があるのだそうです。映画では主人公の成長を描く感動的な要素をプラスしているところや,セリフや歌詞に放送禁止用語はたくさん含まれているものの,あまり下品な感じがないところ,さらに,DMCの音楽がデスメタルではなくて,普通のヘヴィメタルになっているところなどには,原作の熱狂的なファンの人はガックリするかもしれないと思いました。でも私は,漫画と実写映画では内容の違いがあって当然と思います。始終,笑える部分が盛り込まれていて,ギャグコメディー映画らしく,普通ではありえないおかしな設定もたくさん出てきますし,とても面白くて楽しめました。

全体としていちばん良かったと思うのは,音楽面での演出が丁寧で凝っていることでした。根岸くんや,根岸くんの後輩の佐治くんが路上ライブで歌っているオシャレなポップスの作曲をカジヒデキさんが担当していて,実際ご自身も出演されていたり,終盤でDMCと対バンをするメタルの帝王ジャック・イル・ダークを,KISSのジーン・シモンズ氏(もちろん本物)が演じたり,さらにそのバックバンドにマーティ・フリードマンさんをはじめとするベテランのミュージシャンがいたりなど,音楽ファンにとっては嬉しい内容になっています。また,DMCのライブシーンはとてもカッコよかったです。本物のバンドみたいに見えました。メンバーとお客さんたちとのノリもひとつになっていましたし,メンバーは3人とも,何度もライブをこなしているミュージシャンのように自然でびっくりしました。ただ,欲を言えば,クラウザーさんがもっとギターをちゃんと弾いているところが見たかったです。歯でギターを弾くパフォーマンス(通称「歯ギター」)は披露していましたが(笑),普通のギター演奏を見せるシーンも,もうちょっと多ければより魅力的だったのではと思います。

メッセージ的なものとしては,根岸くんは,自分のやりたいことと,持っている才能とのギャップに悩み,危うく挫折しそうになりますが,やがて,自分はファンのみんなに夢を与え,求められている存在であり,さらに,社長やバンドメンバーの期待も背負っているのだということに気がつき,やりたい音楽とは違っても,「僕にしか見せられない夢がある」と立ち直って今の自分を受け入れ,エンターテイナーとして成長していく様子が描かれています。そういった部分は,ちょっとハリウッド映画のヒーローものと似ているなと思いました。ありきたりな設定とは思いますが,観ていて元気が出ました。クラウザーさんとして活躍しているときと,素の根岸くんは全然違っていて別人かと思うほどですが,松山さんは,決して二重人格ではないと分かる演技をされていたので,根岸くんの心の葛藤がより深く伝わってきました。

それから,個人的に私が好きなのは,まず,最初に根岸くんが母親に見送られて上京するシーンがいかにもコテコテの日本映画的なのに対して,その後のオープニングテーマの映像と音楽はハリウッド映画のようにクールでカッコ良いところ,また,遊園地で夜の雨の中,号泣するクラウザーさんのシーンはまるで外国のファンタジー映画の一場面みたいですが,その次に,とうとう本当に挫折しそうになった根岸くんがトボトボと実家に帰るシーンでは,日本の田舎ののどかな風景を美しく演出しているところなどです。洋風と和風の場面が対照的に織り交ぜられているのって,結構面白いなと思いました(こういうギャップもギャグのひとつ?)。それと,根岸くんが実家で,不良になってしまったDMCファンの弟に説教しようとクラウザーさんに変身したところを母親に見つかってしまい,その姿のままで実家に泊めてもらうことになるエピソードのところで,母親がクラウザーさんイコール息子と気付いているのに全然気付かないふりをしてあげるところ(優しい母親の愛情),そして,根岸くんは農家の息子で,草刈りやトラクターの運転,牛の扱いなど農作業のスキルがとても高いのですが,前述の,クラウザーさんの姿で弟に説教したときや,ジャックとの対バンのときのステージパフォーマンスでそれらがうまい具合に役立ってしまうところ(人生,何の経験がどこで役立つか分からないという教訓がすごくさりげなく入っているところ)がお気に入りです。

いろいろと書きましたが,他にも,デスレコーズ社長役の松雪さんのハイテンションな演技など,見どころがたくさんあります。テンポもいいし,とにかく笑ってスカッとしたい人にはお勧めの娯楽映画と思いました。人によって笑いのツボが異なると思うので,もし,観に行った人に出会ったら,どこが面白かったかをぜひ聞いてみたいです。

2006年12月 8日 16:28

ビデオ紹介です(櫻井進)。

今回はビデオ紹介をしたいと思います。アニメですが,僕が小学校だったときにテレビ上映されていました。全26話からなる続きものです。最近知ったのですが,DVDで復刻版が販売されているようです。値段は,約3万円で高いのですが,思い切って買おうかと迷っています。

宝島 ロバート・スチーブンスン
作者は,あの有名なジキル博士とハイド氏を書いた方です。
ジムという少年の冒険活劇。ある日,母が営む宿舎にある男が転がり込んできます。しかし,その男は海賊に追われていて殺されてしまう。殺される直前,その男はジムに宝島の地図を託します。その地図はなんと,大海賊フリントが残した本物の宝の地図でした。
そのことを,大富豪のトレローニ卿に相談したところ,宝島へ行こう!!と誘われます。
早速,船を用意し船員を集め宝島へ向かうジムたちだったが,航行中に船員のほとんどが海賊だったことが分ります。しかも,その海賊の頭は,ジムが一番したっていたジョン・シルバーでした。
その後,宝島へ到着しさらに冒険が続きます。最後に宝を手にするのは誰か?最後まで,ドキドキさせられます。

冒険物の作品なのですが,その面白さは人間関係にあると思います。特に,一番したっていたジョン・シルバーが実は海賊で,ジムを騙していたということが,ジムに分ってからが面白いです。ジムが急にジョン・シルバーに対して,よそよそしくなったりする場面などです。

このビデオ紹介のコーナーは,以前,僕がビデオ屋で働いていたときに観賞したビデオや,その後,個人的にビデオを借りて観賞したビデオの中で,特に面白かったビデオを紹介しています。なお,このコーナーでは,あまり有名な作品は紹介しないでおこうと思います。なぜなら,有名な作品は良く知られていて,結構皆様も観賞されていると思うからです。今回はサスペンス映画です。

フォーンブース(監督 ジョエル・シューマカー)
この映画の上映時間は約80分と短いのですが,とてもテンポ良く話が進むので,ちょっとした時間に見るのに最適だと思います。しかも,迫り来る恐怖がよく表現されていて大変面白いです。

バリバリと仕事ができるある青年が,電話ボックスから電話をかけていました。その電話を切った瞬間に,その電話ボックスに電話が掛かってきました。その電話をとり,話をすると,その電話の相手は,何故か主人公の私生活を熟知していました。そこから恐怖が始まります。「言うことをきかなければ殺す」「電話を切れば殺す」と。

だらだらと,長いだけのサスペンス映画よりもよっぽど楽しめます。物語は電話ボックスの周りだけで展開するのですが,それがまた新鮮で面白いのです。
最後に,犯人の真の目的が分るのですが,納得できる一面もあると僕は思いました。もちろん犯罪は悪いことなのですが・・・・

一度,退屈な時にでもご覧になって見て下さい。

レンタルビデオ店でのアルバイトの特権。
 僕は,この事務所に来る前,レンタルビデオ点でアルバイトをしていました。そこのビデオ屋のアルバイト店員は,ビデオを無料でレンタルすることができたので多数ビデオを見ました。そこで,今回は,特に僕自身が面白かったと思うビデオを紹介したいと思います。

1 39 邦画(監督 森田 芳光)
   サスペンス映画です。刑法39条「心神喪失者の行為は之を罰せず 心神耗弱者の行為は之を減刑す」というあまりに有名な条文がタイトルのビデオです。
   殺人を犯した多重人格者の容疑者と心理学者が,前代未聞の方法で法廷で対決をします。実際に映画を見ている側も,本当にこの多重人格者が精神異常なのかどうか最後の最後までわかりません。はたしてこの多重人格者は精神異常なのか,それとも精神異常のフリをしているだけなのか・・・。皆さんも,多重人格者と心理学者との駆け引きを通して,どう思われるのか判断してみて下さい。
   刑法39条に鋭くメスをいれている作品だと思うので,ぜひ一度ご覧になって下さい。

2 ドーン・オブ・ザ・デッド 洋画(監督 ザック・スナイダー)
   ゾンビホラー映画です。普通ゾンビは,ユックリ,ユックリ「あ~」とか「グガー!」とか言って近づいてきます。しかし,この映画に登場するゾンビ達は違います。全力疾走で,ドドドドーっと追いかけてくるのです。今までのゾンビイメージが一掃され,大変迫力があります。
   また,ゾンビに噛まれることによって,ゾンビ菌みたいなものに感染し,噛まれた人もゾンビになってしまいます。噛まれた本人はそれが分かるので,自ら命を絶つか,仲間に命を絶たれるか,ある種の決断を迫られます。そういった人間同士の友情や勇気なんかも見物です。

3 みんなの家 邦画(監督 三谷 幸喜)
   ホームコメディ映画です。ある夫婦が家を建てようとして,様々な人たちの力をかりようとします。ところが,この様々な人たちは,一癖も二癖もあるような人たちで,意見がぶつかり合います。扉は内開きであるとか,外開きであるとか・・・
   最初は,小競合いが続くのですが,真剣に何度もぶつかり合うことによって,お互いのことが分かるようになってきます。その人間関係がとても面白い映画だと思います。

 たまには皆さんもビデオなどを観て,くつろいでみてはいかがでしょうか?

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