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2012年1月 7日 14:36

おめでとうございます。

明けましておめでとうございます。1/5より業務開始です。本年も宜しくお願いします。

年末年始は例によって実家めぐりに忙しくしました。長期休暇となるといつも実家を巡るので,休みが長いほどかえってゆっくりした感覚はなく,時間が過ぎ去ります。楽しいからいいのですが。

こんなことを言ってはなんですが,年末年始と肉を食べ過ぎて,飲みすぎも例に漏れず,そろそろ体を鍛え直さないといけません。連休にて整えて,次週よりきっちりやります。

なにやら緩んでいるようですが,そんなことはありません。今年は頑張ります。宜しくお付き合いください。

2011年12月28日 19:38

ご挨拶。

本日をもって,年内の業務を終了させていただきます。今年お世話になった皆様に御礼を申し上げます。

今年は,仕事については忙しくさせていただいたものの,年初に企図したとおりには,自分を成長させることができませんでした。来年こそは,生活態度と行動計画を改めて見直し,充実した一瞬,充実した一年を過ごすことができるよう取り組みたいと思います。

さて,ご案内のとおり本日で年内の業務を終了します。ご対応を約束することはできませんが,急件については電子メールにてご連絡ください。

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 ビルオーナーのご好意を得て,事務所に,ダイキン製の4馬力のエアコン二台を施工しました。真新しくて,白く光っています。古くて灰色のエアコンには,役目を終えてもらいます。随分お世話になりました。

過剰設備かと思われるほどのよい製品です。ご好意に感謝し,大切に使用します。

工業製品は,やはり新しいものや万人に評価の高いものがよい傾向にあります。科学の世界はそうです。しかし精神や思想の世界では,新しさやひと時の人気は良いものであることを保証しません。むしろ歴史に耐えることが正しさを保証します。

何ものに新しさを求め,何ものに伝統を求めるのかという問題は,史上の大問題です。正しく判断することが,よく生きるには大切です。自分が何に拠っているのかを自省することが,その判断基準です。

 

2011年5月 9日 08:42

連休が終わりました。

今年のゴールデンウィークは,長期のお休みをいただきました。

実家でゆっくりして,近隣を巡り,身近なところにある魅力を再発見しました。子供とも久しぶりにゆっくり遊ぶことが出来ました。先の緑化フェア後の馬見公園はより綺麗になっています。大きな遊具もあり,一人で勝手に行ってしまう子供を追いかけて冷や冷やするに及んで,親の気持ちというものをまた少し理解しました。

ところで,連休に前後して,あべのやJR大阪駅には新しい商業施設が開業し,三越伊勢丹も出来ました。京都に行かなくて済みます。天王寺駅へは15分強,大阪駅へは30分強の直通にてJRが運行している最寄の王寺駅です。王寺町は益々便利になって,楽しい気持ちで一杯です。

さて休み明けです。楽しみへの気持ちは週末などに押し込んで,気を引き締めて行きます。

事務所名称の変更,WEBサイトの更新及びこれに付随するほぼすべての手続きが完了いたしましたのでご報告します。お取引先の皆様には,可能な限り文書にて通知をさせていただきます。

とりわけWEBサイトの更新については,制作会社様にはいつもながら無理を申し上げ,にもかかわらずそれを可能な限り満足して手続きの終了までお付き合いいただきましたことを心より感謝いたします。社長,ディレクター,技術者の皆様の存在に重ねて感謝し,御礼申し上げます。

当事務所は心新たに,心正しく仕事に取り組んでいきます。宜しくお願いします。

2011年1月11日 07:30

お知らせ。

仕事と,学問及び修身に専心するため,3月までWEBサイトの更新を停止します。なお,3月からはWEBサイトのデザイン等を新しくします。

以上,宜しくお願いします。

2011年,明けましておめでとうございます。
年末は実家に帰ってゆっくりしてきました。

本日1/5より業務開始ですが,年内にできなかった大掃除や雑務をして一日が終わりました。明日,明後日,来週と事務作業を本格化して参りますので宜しくお願いします。

世相は暗いですが,暗さにまみえながら本当の明るさを知っていく今年,来年になるのではないかと考えています。個人的にも昨年終盤より本当に学ぶべき大事な事柄を知りつつあるような気がしています。今年はそれを確固たるものにします。

仕事も着実に前進させます。そしていくつか新しい取組みを考えています。楽しみです。

数年年賀状も出さないようなことで皆様には大変失礼をしているやもしれませんがこのように元気ですのでご容赦ください(年賀状の習慣をどのようにするかは要検討ですね)。

では1年間,宜しくお願いします。

夏の出来事をもう一つ。職場の机を動かした。端的に言えば個室の中でその向きを変えた。それだけである。

机の置き方については,方位は北か東向き,後ろを壁にして前方にスペースを,などという常識がある。それは確かに合理的で理由なしとしないのであるが,部屋の形状,部屋自体の方位,それから人間の個性,机以外の物品の状況その他諸々の事情によってやっぱり変化をつけなければならない。

従来より方位は北向き,後ろに壁,前方を空かすという王道を守って設置していた机だが,事務所全体における我が個室の位置その他の状況にあってこの原則を貫いては,机は部屋の中央に背を向け,机の左前方にはどうしても構造上飛び出た柱が来るという事実にしばらくの間直面しており,どうもしっくりこないものがあった。

私の場合は,机はやはり部屋全体の中央に向いているほうが合うようだ。外を向いていてはやはりなにかしら疎外感があるし,後ろからやられそうな気もしてくる(何にだ?)。また左前方はとりわけ空いているほうが気持ちいいようだ。人間の身体で大事な部位である心臓が左側にあって(全部大切だろうが),だから人間は左回りが気持ちよく故に競技場のトラックなどは左回りになっており,左側には信頼できる人をしか歩かせないなどと聞いたことがあるが,これも生活体験に合致していて,今般机の移動の経験からやっぱりそうだなと確信するに至った。

以上,なにやら面倒くさいことを言っているようだが,確かに私は人一倍そんな風なことを気にする人間のようだ。机だけでなくて,眠る際のベッドやふとんの配置なんかも,比較的気になるほうだ。人間は目だけをもって物を見ているわけではなくむしろ目による認識などはごく浅いものに過ぎぬ(視覚情報が認識の大分を占めるよう働くというのは深くは間違った考え方に相違ない)。だから頭上に物が迫っているとか,寝床が部屋の形や荷物との関係で偏った場所に据えてあるとかであれば,目を閉じていたってやはり気持ちが悪いということになる。

さて,男はそんなことを気にしていては駄目だ,そんなことを感じていては駄目だ,もっと大らかに骨太に生きなければなどと言われると(現実に言われ続けてきた)それは確かにそうかもしれない。しかしよくよく考えてみればどっちもどっちで善し悪し甲乙付け難いことだ。何も分からずに太く強いがよいか,常に鋭敏に人生を透かし得てしかし線が細いがよいか。いや,どっちもまずいんだ。本当の勇気も精神の充実も,恐れ感じる感性の,その先にあるものだからである。

冒頭に話を返そう。机がくるっと回って気持ちのほうは落ちるべきところに落ち着いた,というだけのつまらない話である。

2010年10月22日 19:52

ブラックベリー(BlackBerry)。

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最近寒い。まだ気温の変化に対応しがたい昨今である。唐突だが,8月に携帯電話を買い換えた。ちょっと前だと思っていたら,8月なんて,もうすっかり振り返ることの必要な暑い夏のことになってしまった。

さて。そもそも私は通信機器が好きで,携帯電話が肩掛けであった時代のその次の時代(いわゆる普通の人の一部が利用し始めた時代。NTTが、謎の商品ムーバ発表なんていって一連の新聞広告を打っていたな)のセルラー電話やデジタルホン(なぜか伝手から購入したのは東京デジタルホンだったような)の頃から携帯電話を使用している。携帯電話が徐々に一般に普及したのは私が大学生だった頃で,おそらく学内で1,2を争って使用し始めた。特に役に立つわけでもないのに(いや不純で下衆な動機を満たすためにはそれなりに役に立っていた)格好をつけて購入して使っていた。遡れば私が大学に入学した頃はバブル経済の残り香がまだまだそこらに漂っており,その残り香の意味が若い頭に分別つかず,図らずもそれに陶酔(悪酔い)していた私は,黒いポケットベルを持って大阪のミナミのあたりをいつも徘徊していた。黒いそれは,いつか関西テレメッセージとかいうカード型の色鮮やかなそれに持ち代えられて,先の大きな携帯電話にその役割が引き継がれていった。

通信機器好きは働くようになってからも治まらず,ほんの数年前までは新しい携帯電話が出ればすぐ購入して使っていたが,いつからか馬鹿らしくなって,いや生活の為に機器を利用するのではなくて機器に生活が引きずられるように感じて,最近はらくらくホンという俗に言う親父向け携帯電話に切り替えて,携帯電話なんていうものついては,もう最小限の利用をしていた。

そんなこんなで関係する情報には一切アクセスせずにしばらく来て,むしろ,そんなのどうでもいいやと無理やり情報を入れることを拒否していたようなことであったが,何か去年あたりからiphoneだなんだと周りが騒がしくなったので,どうにもこうにも情報を拒否することが難しくなった。なんせ,インターネットを巡っていると,どこかしらでその辺りのことが積極的に押し出されてきて目に眩しくなるからだ。

いやこんな時代に,頑固に俺には関係ない的な態度を維持するのも何か違うような気がだんだんしてきた。よく見ることもなく,独断で何かを拒否するのもやはり間違った態度であるような気がしてきた。頑固になるべき大切なものは世に多いが,携帯電話ごときの問題はそんな大事であるとは思われなくなってきた。しかして,半年ほど前から,空いた時間に電器屋によっていろんな機器を触ったり,ネットで情報に触れたりしてきたのである。

結果,ブラックベリーを購入した。Blackberry bold 9700である。らくらくホンから,これまた志向(嗜好)の大幅転換をしたものだ。機器の諸元は各種メディアに詳しく,私がどうこう説明するのも馬鹿らしいから止める。しかし少しだけ,どうしても少しだけ言いたいから以下のとおり記す。何も貰わないでも勝手に人にすすめたくなるのが本当によいもののもつ特徴である(もっとも絶対に人に漏らしたくない本当によいものもある)。ブラックベリーは,,,

1 メールアカウントがたくさん登録できる。アカウント登録はアドレスとパスを入力するだけで済む。返信も各メールアドレスをもってできる。PCメールがプッシュで即時(本当に即時だ)に端末に配信される。アカウントごとのメールの,同一フォルダでの,又は個別のフォルダでの管理が詳細に設定できる。その他メールまわりの動作でやりたいことは大概できるようになっている。総じて,早く,賢い。ちなみに,
① 事務所で借りているサーバーでメールアカウントを複数設定して自宅PCにも使用しているが,これも全部端末に飛ばせる。
② モバイル用にgmailのアカウントをとって使用することにした。これももちろん端末に飛ばせる。
③ つまりすべてのメールアカウントのメールを端末に飛ばし,一括又は個別に管理できる。公私併せると,迷惑メールも含めて少なくとも日に100通以上を受信するので,このメールの管理機能は特別に便利である。
2 OS及び主要アプリケーションの動作が非常に速い(いわゆるサクサク)。マルチタスクでアプリケーション間の移動も素早く容易,しかも複数アプリケーションを展開しても動作は速いままである。
3 PC配列(いわゆるqwertyキーボード)のハードキーがついている。いやついているというか,これがブラックベリーの要件でもある。形状に工夫がされ,見た目の想像以上に入力できる(これは使ってみないと分からない)し,入力する気にさせる(これが大切)。そして多くのアプリケーションにおいて,特定キーには,同様のキーボードショートカットが割り当てられており,ホームポジションから素早くたくさんの操作が可能(全面タッチパネルは操作する手が彷徨って落ち着きどころがなく不安定で疲れるし,時に必然画面を手で隠して視界が遮られ,またホームポジションを維持できないので操作が煩瑣であるから,結果実際的に目的達成が遅い(と個人ベースでは信じる))。
4 マルチメディア関連(写真,ビデオ,音楽等の撮影や取得と閲覧),スケジュール管理,WEBブラウザなど,一通りのハード及びソフトがついていて,かつ使えるレベルにある(WEBは辞書的にしか使えないレベル)。
5 電池が結構持つ(これは重要。電話,メール,その他アプリケーション使用時の電池の消費量が少ないから思いのほか使える。おそらく他のものでたくさんのメールのやり取り等をするとすぐに電池が費消する)。
6 デザインが好み(これも重要。ハード,ソフト(OS)とも)。
7 現状国内キャリアではNTTの電波網が一番信頼できる。
8 その他PCとの連携(専用のPCソフトでデータ管理や処分が容易にできる),ソフトの拡張性(短期間で結構いじった)等々。

以上が選択のポイントで,メール周りと道具としての安定性につき他との比較的に特筆すべきに秀でている。もちろん,こんな小さな端末で何でもできるなんて吹聴するほどおめでたくはないので,こんな小さな端末は端末として,その個性に求められうる機能が,相当高度に求められていると思う。

早々情報をそこそこ集約して日常に手放せない機器となった。しかし手放せないからといって,昔のように機器に溺れる自分はもういない。バブル経済の匂いは遥かに消え去ったし,機械的なものに全的に夢を託するほど盲目でもなくなった。またいろいろやることも多いうえ,ちまちま機器をいじくる親父をまだまだ許さないでいてくれる小さい子供たちも抱えた。よって,おそらくうまい付き合いができるだろうと思う。

そうそう,ブラックベリーはキー入力への障害が少ないし,便利なアプリもついていたので,地球三週半程度遅れてツイッターをかじることにした。

ツイッターは,外から,ブラックベリーを通じて,吐き捨てるようなつまらない意思表示に使おう。そしてこのブログは,もう少しだけ整理した意思表示に使おう。まあいずれにしても,いずれの道具によるそれも,たわいのない意思表示に大差ない。便所の落書だ。

本当に大事な意思表示は,もっと別の方法で,別のところで為すものである。

2010年7月10日 17:15

キーボード新調。

6月に、今年の梅雨は近年稀に見るしっかりとした梅雨だ、梅雨らしい梅雨だ、なんていうことを毎日更新される不思議な週間予報なんていうものを眺めながら考えていた。眺めるごとに、今後の一週間がおよそ雨の印で塗りつぶされているというようなこともあった。

しかし今年もどうかな。雨と言えば日が射すし、晴模様になるかと言えば押しつぶされるような曇天と止みそうに無い雨に裏切られるようなことで、もはや早々に梅雨も明けそうな今になってみれば、やっぱり今年も梅雨らしい梅雨を過ごしたとは言えなかったように思う。結局天気予報は的を射ないし、雨もそれほどは続かなかった。

ただ天気予報をそれほど責めるのは可愛そうだ。何か観測上の類似天気図等基礎的データを100件ほど出してきてその後の天気の推移の実績を百分率で表現したものが天気予報であり降水確率であるというようなことを聞いたことがあるが、これって数学上の確率論に少しでも乗る話なんだろうか(中尾は確率論を理解していないので誰か教えてください)。統計や経験則であるということは理解できるが。

ともかくその土地のその気候のあるべき姿や本来の姿を前提できず(これができれば神である)、それが変動し、またそれに影響を与える諸条件すら認識できない状況においては、天のすることはわからない、1mm以上の雨が降るかどうかわからない、あえてわからないことに数字を与えるとすれば50パーセントを超えて雨の降る振らないに汲みすることができないとしか言えないような気がする。よってこんなことを予想するのは、ある意味では、若き日にどんな美女を抱き寄せることも容易だった男が、十年後に腹の出た姿で我が妻に夜の生活を拒まれることがあるかないかの答えを求められるようなもののようにも思え、従ってこんなあるかなしかの梅雨に、どうにもあたらない天気予報のお天気キャスターを責める気には到底なれないのである。

脱線した。

とはいえやはり鬱陶しい梅雨だから、色々な物事を心機一転代えてみようと思い立った。

手元で言えばコンピューターのキーボードを新調した。もともとキーボードは好きで、一式高級キーボードといわれるものを試してきたが、つい先日までは事務所の自分のコンピューター、自宅のコンピューターともに、富士通関連会社のリベルタッチというものを使っていた(型番等詳細は割愛、以下機種について同じ)。事務所スタッフは東プレのリアルフォース(テンキーあり)やフィルコの茶軸等を使用している。

詳しい人は詳しいだろうがほとんどの人は詳しくないと思われるので言うと、キーボードはキーの機構にメカニカル方式やメンブレン方式、無接点やなんちゃらかんちゃらという種類があってこれがキーボードの肝である。キーボードはキーを叩くのみの機械だから当然のことで、この機構の良し悪しによって一番重要なキータッチのほか、耐久性や打鍵音等が変わってくる(これを言い出すと非常に長くなるので割愛)。

今般私も東プレのリアルフォース(テンキーなし、キー圧差あり)に変更した。やっぱりこれはいい。当面はこれでいこうと考えている。

ところで高級キーボードの世界では、このリアルフォースとPFUのハッピーハッキングキーボードが競っていて、タッチだけならリベルタッチがいい線を行っている。フィルコ(チェリーの茶軸や青軸)はタッチの店でも供給の安定の点でも少し劣っている。見たところリアルフォースが実績からみても王道を行っているように思う。値段はリアルフォースなどは2万円弱し、チェリーの機構でも1万円程度はする。

この手のことを言い始めるとおきまりの話で、キーボードにそんなお金を出して意味あるのいう意見が一方から聞かれ、反対からいやいや案外重要な機器だからこだわるべきだという実践的なパソコンユーザーの声が聞こえ、その背後からパソコンおたくやガジェットおたくが一々の機構の説明を交えて熱烈にこれらをおすすめする顔をのぞかせているようである。

私はどのものの気持ちもわかるが、やはり前記真ん中のものであってそのとおりの意見である。

案外このあたりに注意が行かない人が多いように思う(別にかまわないが)。キーボードはパソコンとユーザーを日常物理的に繋ぐ唯一の機関でこれが仕事のしやすさに直接影響するのは当たり前であるから無頓着でいられない。他にも例えば筆記具、例えば自動車のタイヤ、例えば靴、こういった物と物、そしてのみならず物と人、人と人の接点にあるなにやらは常に重要で、影に隠れて実のところ一番のこだわりを与えるべき部分である。

さてまずキーボードが新しくなった。いいものはやはり打ちやすい。他にも同様の計画がある。
嬉しくなって、文字を打ち込む過程自体が目的となって、またついつい以上の駄文を記すに至った次第。

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