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2010年5月12日 19:38

家庭料理の旨さ、楽しさ。

突然ではあるが、家の料理が旨いのは幸せだ(別に女性が料理をするのが当然だなどというつもりはない)。いろんな幸せに気付く能力を段々と身に着けてきた私であるが、このような当たり前のことにも、ここ数年ようやくに気が付いたよう成長ぶり(有様)である。昔から嫁の飯が旨いとなんとかかんとかと言ったがこれは本当である。もっとも、料理だけが全てなどというつもりはなく、また私の妻に限っては能力は料理に尽きるものではない。冒頭より先回りの言い訳がが過ぎるようだが、ともかく妻は料理が上手く、そして実家の実母も料理が上手かったのであり、今は亡き祖母も非常に料理が上手であったらしいいうことが今になって判明しつつある。

もともと食べ物にはうるさいほうであったが、最近は私も大人になったせいかますますそちらのほうに敏感になった。例えば添加物のたくさん混じったものを食すのが非常に厳しくなってきたし、料理にどの程度の素材ものが用いられているかということが詳細ともかくなんとなく判別可能になってきた。特に化学系の混じり物がきつい。別に料理人でもないのに偉そうにと言われそうなものだが、料理を作ることが出来なくとも食べることは出来るのである。食べてわかるということは別に難しいことではないのである(名画の美しさを感じる能力を持つ人がいて、誰もそれを否定はしないだろう)。

料理は舌である。舌の感度。要するに、確かな事実認定ができるかどうか。味を確かめる感度とセンスがなければ何事をも為しえない。上手に料理を作ろうといったところで旨いもまずいもわからないでは仕様がない。これは何も料理に限ったことではない。事実認定にもとづく現状認識ができなければ、係る改善も、その先の目的を定めることも、一向に為しうるはずはないのである(わかったうえでするしないという選択の問題はあるが)。誰よりも包丁の取り回しが優れようともそれだけでは旨い出汁はとれないし、香るように煮炊きし、焼き上げることはできない。誰よりも早く強くバットを振ったところでホームランは打てず、筋力ばかり鍛えたって喧嘩には勝てないのだ。また年号をしきりに記憶するがが歴史に学ばず、作者と題名をしこたま覚えたところが一行も読まないで洞察に浅いのもこれに同じである(同じではないような、、気もする)。ともかく味がわからないではいけない。

もっとも、万人にとって旨いもの、真実として旨いもの、すなわち味に真理が存在するか否かなどというある意味で科学的である意味で哲学的な難問は究極的には追求されるべき問題ではあるが。

それともう一つ。料理は人が集って食べるとやっぱり旨いようだ。独りよりも二人、二人よりも三人、三人よりも四人、家族なら限度があるので適度な人数に至るまで、人数はたくさんいれば旨さも増すように思う。家も子供が二人になって、そして子供が少しずつ成長して、形だけでも食卓を囲めるようになって。料理のうえを何かしら言葉が飛び交わすようになるとやっぱりすこしだけ旨さや楽しさが増すようなのだ。

あれ、何だったかな、、、別に取り立てることのない当たり前のことを、、、確認してしまった。

さて、料理の旨さや家族の楽しさを今になって気付かせるほどに当然に生活に同居させてくれた両親に、今般そんな新しい視点において改めて感謝してみる。そしてこれからもそれは、幼くてやんちゃな顔を揃えた我が家に期待できそうに思うのである。

ただただ、妻や家族の腕と存在に寄りかかって。

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この休みの初め、また友人の同業が所有する会員施設にお世話になった。家族旅行とする予定であったが、急遽先方の奥さんが体調を崩されて、私達夫婦と子供たち、友人とそのかわいい息子の六名での楽しみとなった。それにしても男親と小さな息子が奥さんを除いて二人で行動している姿は、何かしらの空気を感じさせるものだ。母親はいないのか、離婚して引き取ったのか、大変だ、などと傍らから見ているといろんな詮索が自然に胸に来てしまいそうな風情であって(こんな想像は私だけ??)、それだけ母親と子供という風景が日常で、よく適合するものなんだろうと思う。

現地につくとお決まりに白良浜に駆け出した。何年ぶりかな。この季節に来るのは初めてであるような気がする。昔通った浜は真夏の太陽の下にたくさんのパラソルで埋め尽くされている若者のそれ。数年前に来た浜はクリスマスの装いをして、暗い海の向こうから冷たい海風を吹き付けていた。今年は、澄み切った空と、夏を混じらせたすがすがしい春の空気と、子供たちの笑顔と。また格別の意味を付された白い砂である。

施設に戻って室内プールで子供を遊ばせた。親も遊んだ。
夜は中華料理にビールがよく合った。数杯空けて、ラウンジに場所を移して、ウィスキーを二杯ほどなめた。私の記憶にはない両親のこんな姿が、わが子の記憶にはやっぱり未来に残って存在するんだろうか。夜も遅くにいろんな色のお酒を次々にめぐってぐだぐだとしている親の姿は、どんな風な姿として思い出されるのだろうか。あまり格好よくはないことが簡単に想像されるのである。

翌日にはアドベンチャーワールドで動物をひやかした。観覧車に乗った。メリーゴーランドに乗った。一通り遊んだ。しかし子供は次へ次へ、未来へと進む。

あのおもちゃが欲しいという。おもちゃを買う。ひととき戯れて、すぐに次を求める。観覧車に乗りたいという。乗る。大騒ぎをして、降りると次へ向かう。パンダの乗り物に乗りたいという。大枚をはたいて飽きるまでまたがる。次を求める。

子供は手に入れたものをあっという間に理解して、自分の血肉にして、そして乗り越えて、先にあると信じる未知の世界を求めるのである。好奇心には限りがない。未来を求め成長を求める心(これこそが大切である)と、足るを知る心(これもまた大切である)。このバランスは思想上の大問題であるが、少なくとも子供たちには求める心こそが大切であるし、大人だってやっぱり求めたい。調和ばかりではつまらないのである。

さて、この旅行も、二日目の昼過ぎにゆっくりとお茶を飲んで早めの旅程を終えた。後ろ髪を引かれるうちに、まだ元気のあるうちに帰路につくのが何かと優れていることを大人たちは知っている。足るを知ることもまた大切であるとは、子連れ旅行を引き上げる際の大人たちの方便か。

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2010年5月 5日 12:30

冷たい花見。

少し前のことになる。今年は数年ぶりに花見らしい花見をした。別に飲み騒ぎをしたわけではないが、最初から花見に行こうと言って出かけた花見は数年ぶりである。

場所は二つに及ぶ。通例このあたりのものなら花見に足を運ぶことのない場所。丹波篠山城跡と、三田天満神社の天神公園である。兵庫県篠山市と同三田市にある。私は、花見は人の少ない場所でするのが好みなので、どちらも一定限度で人手の押さえが利いていてよかった。

花見は四月の初めに行った。三田市もそうであるが、篠山市はなおのこと涼しい土地柄なので、この日取りでは桜は三分から四分咲きといったところだった。しかしこれも悪くない。

ところで、桜と言えば明治以降はソメイヨシノが持てはやされて、いまや花見と言えばソメイヨシノの、春の陽気に熟れ切ってその散り際の、豊満な桃色のたわみを想起するようなことであるが、本居宣長が以下のとおり詠んだ桜は山桜で、私の生まれの吉野に美しいところ、この篠山城跡にも少しだけ見られるようである。


「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花」


一瞬に咲き誇り散っていくという一般のイメージは前者のソメイヨシノから来たのであってとりわけ戦中戦後に作られたものらしい(木自体の寿命も儚く、言わば草のようなものである)。古くから歌に詠まれる桜は山桜であって、長寿の樹木は、長期間に渡り、緑葉に見事に対比するおおらかな美しい花を見させるのである。私は、小林秀雄の著作を読むようになって、初めて実感を纏って、そのあたりの意味を考えるようになった。

少し風の冷たい、人もまばらな城跡は、時の移ろいと、桜と、国と社会と、様々に想い及ばせる掛け替えのない花見を思いがけず供してくれた。

冷たい花見は、暖かい花見と異なった温度と志向で、同じく心を豊かにしてくれるものらしい。

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2010年5月 3日 16:40

長女の入園式。

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先月の初めに長女が幼稚園に入園した。今住居を借りている住宅地は比較的環境がいいので、歩いてすぐにある公立のそれに遣ることにした。角を曲がって数ブロックのところにある幼稚園で、近いといっても本当に言葉どおり近い。送り迎えをする母親の足が独りなら、ほんの一分もあれば間に合いそうに思われるが、二人なら数分から五分程度かかるらしい。体重も大人の数分の一なら、食べる量も数分の一、力だって数分の一だから、歩く距離はどうやら相対的に数倍になるらしい。こんなどうでもいい事実が、一々親を驚かせるので子育ては興味深い。

入園式の当日は予想通り娘が泣いた。親は予想に反して泣けなかった。子供たちの、そのようなことを想定して、幼稚園ではしばらく前から予行を称して園舎で集う日が設定されていて、娘と母親も何度か行っていたようであるが、やっぱり父親(子供にとってはむさくるしいおっさん連中に見えるはずである)や、先生達や、町長他来賓の大人(これこそ子供にとってはめんどうくさい大人たちに見えるはずだ)が余所行きの洋服と余所行きの顔をして自宅において見られるだらだらとした姿態と異なってそこにあると、敏感な子供たちも何をか悟って恐縮するのだと思う。人一倍鋭敏な娘も先述のとおり泣いて、子供たちが親と離れてひとかたまりに席を並べるところから離れて、結局私達夫婦のとなりに不安げに座って一日の予定をやり過ごした。娘はこれを大変な失態だと思っているようで、当日はしばらくの間哀しそうな顔をしていたし、今でもその話を持ち出すと、強烈に話を逸らしてしまうのがなんとも可笑しい。

しかし自分が子供のときに学校で行った色々の失敗や心配事も、親になってこうして見ると大した問題でもないたわいのないようなことに思われて面白い。もっとも子供は子供なりに失敗や心配事を積み重ねて成長していくのであって、子供が子供であるときに何事も気に留めるでなく、または何事をも達観したようであるならば、それはそれで大問題で、そんな子供はまっとうな大人に成長することを期待できないから、我が家のようにすったもんだで過ごしていくことに何ら心配はしていない。それが証拠に、あれから現在に至るまで、娘はわいわい言いながら普通に(何が普通が知れないが)幼稚園に通っているのである。

さて、そんな幼稚園児の娘と父親である私が出会うのは、仕事が終わって帰宅した夕食から風呂にかけての一連の時間と、仕事や予定のない休日だ。平日の朝はまだ娘は寝ていることが多い。

娘に会うと、大抵それは塗り絵をしていたり、デッサン風の行為をしていたり、歌や踊りをしていたり、徐々に増えていくおもちゃで遊んでいたりする。最近は私がユーチューブで子供の漫画の主題歌をかけてあげたりするので、パソコンという存在と意味を覚えて、暇があればまた同じものをかけてくれ、出してくれ、とせがまれる。これが為に、私がここ数年で唯一歌詞メロディを完全に暗唱することができる歌は、「ハートキャッチプリキュア」のオープニングとエンディングの歌である。子供の記憶力もすごいが、私だって負けていないのである。

それにしても最近驚くべきことは、というより再発見をしたことは、子供の素直さである。うちにはおもちゃのうち、色々なマスに絵がつけてあって、そのそれぞれの絵の背後に電子部品が仕組んであって、絵を押すと音が出る類のものが幾種類があるのだが、ひとつに絵(果物や楽器や動物)に対応して英語の発音が聞こえてくるものがある。そのおもちゃをきっかけとして、娘はフルーツの名前や楽器の名前などに対応する英単語をどんどん覚えてゆく。

何が凄いと言えば、その発音である。聞こえたままを言う。当然ネイティブが吹き込んだ発音であるから、そのネイティブの発音のままを言うのである。

親はと言えば、これに驚く。親はと言えば、りんごの絵を見れば、文字を想起して、植物の、果物の、あの種のりんごだと思い、りんごは学校でならったスペルでいうところのappleだと思い、係る発音の日本語表記はアップルだと思うとともに、しかしそれは日本語表記であって発音記号を思い出してみれば異なるから、それなりに再現をしようと思ってアッポーなどとアホ面を下げて口に出す。しかし子供は違う。子供にはりんごの概念はまだ組成されておらず、されていたとしてもその組成と音声は同時にくるから、先立って概念に拘束される必要はない。聞こえたままを言えば足りる。よって、子供にとってのりんごは「ンネェエアアポォウゥ」(文字の限界)となるのである。到底親の概念するアップルではないのだが、おそらくこれは通じる言葉なのだろうとは想像されるところである。バナナもバイオリンもエレファントとも、日本語の文字を遥か越えて海を渡り、英米のそよ風に吹かれるようである。

そうか。やっぱり子供は今そこにあるものを全力で吸収するのだな。全てを有りのままに受け入れるのだな。おもちゃから聞こえる英語なんていうようなものは驚きはするが些細なことで、実は小さな子供にとって全てであるはずの親の全存在と、その与える環境こそが計り知れない影響を及ぼすのだな。

そのように再認識をしたところで、大した金もない、何を与えてやることもできない何ともちっぽけな父親のところに降りてきた子供の不憫を思った。人間には出来ることと出来ないことがある。

しかしその代わりに愛情だけは人一倍与えてやろう(与えないでおこうとしたって愛してしまうのであるが)。子供にだって信義をもって接しよう。正面からぶつかろう。つまらない問題には小うるさく大事な問題は避けて通るような無責任で姑息な父親にだけはならないでおこう。そのような、自分次第で実現可能な誓いをもう片方に建てた。心の中心に建てた。

小さい子供が二人。人間が営々と繰り返してきた子育ての悩みと喜びを同じくなぞって私の子育ても続いていく。事ある毎に、以上のような発見と、悲しみと、誓いとにお茶を濁して毎日が続いていく。子育てとは文字通り何かの目的に向かった過程であるようでいて、実のところ両親の、子供の、まさに人生そのものであるから(ちっぽけな親が子供を何物かに仕立てようなどとは畏れ多いのである。他人の人間性を教育しようなどとは畏れ多いのである)、目的に目を奪われることなく毎日の過程そのものの価値を感じて楽しんで行きたいものである。

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