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2009年8月12日 09:32

初夏に遊ぶ。

1 滋賀某所
地理的にも、年齢も、私に程近い中南和の同職がとある会員組織のメンバーなっているというので、ご招待を受けて、他同職と三人で琵琶湖のほとりに一泊旅行をした。自動車でちょうど二時間半程度のところに今般の宿はあり、ドライブに調度よい距離であった。当日はあいにく曇り空であったが、人間というのは不思議なもので、ウィークデーの曇りや、雨や、天候の悪さに比べて、この楽しみにしていた旅行の曇天は一応残念だと叫びはするけれども、実際にはいささかもその旅の楽しさを減殺するものではなくて、とりわけ今回のように男三人が、自然よりもそのごちゃごちゃとした会話を肴に酒を飲み交わそうと企画された旅においては、思いのほか曇り空が心にわだかまりを生じることはないものである。

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宿は蒼い湖の広がりと、それを取り巻いて放射状に内陸へ連なる農村の間に、その境界を一点際立たせるように起立していた。境界の関所がごときこの施設は賑わって、その裡に落ち着いた夫婦や高齢や幼少の利用者の優雅を湛えて堂々としていた。

日本には英国流のクラブはない。階級社会ではないからだ。戦後においてはそれが顕著で、大企業の社長も医師その他の専門家も会社員も公務員もアルバイトも、自意識はともかくとして皆総じてワーキングクラスである。

底流においてクラブを模したこのようなメンバーシップも、だから日本ではそれほどの広がりを見せることはなく、純粋に経済的メリットを問う観光施設の域を出ることがない。施設内に多少の落ち着きを見るばかりだ。

しかしクラブの正統性がどうあろうと今般の旅行が開放的で日常の解毒作用に著しいことは、曇天が楽しみを奪うことができないのと同じようなものです。

日本人は、楽しければいいのである。

2 温泉
 (1) 下呂
私と、妻と、子供二人の家族四人で下呂温泉にいった。こちらも自動車で。予定していたよりも案外遠く、休憩などを挟むと五時間程度かかってしまった。それでも電車よりは楽だが。

うちは下の子供がまだ小さいので、行けるところが、できるレジャーが非常に限定されて苦しい。もっとも昔の人間に言わせれば、子供が小さいうちに親が遊びにいこうなどとは不届きに過ぎると一喝されて終わりだろうけれども。

ともかく下呂温泉にいった。下呂温泉は初めてであった。

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旅館について仲居さんと少し交わすと、やはり温泉ブームが去って以来客足が遠のきシーズン以外は非常にゆっくりした状態であるとのこと。日本三名泉が寂しいが、周辺に都市やレジャー施設が乏しいことや、温泉街の情緒(間延びした様子がある)の点で、それも理由なしとしないのかなという感じがした。素人ながら、お湯はぬめって、独特のものであると思った。

それにしても、一点心配していたことが事なきを得てやれやれ一息の帰路についた。長女が障子を破ることを防ぎ得たのである。

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 (2) 城崎
城崎は万人が認める情緒の温泉だ。ほどよい川幅に揺れるおおたに川の水面。微笑をともなって外湯を目指す浴衣のひらめき。

夏の城崎である。

事前に雨がわかっていた。温泉街を十分に楽しむことが不可能であること、それがわかっていた。雨を押して行くことにした。故に宿は張り込んで西村屋本館にとることにした。

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この宿は本当に美しい。その歴史、調度、美意識が、歴代の顧客のそうそうたることを納得させるものだ。ほんの一泊程度では十分に感化を受けるに足りない。

しかし特に目を引くのは、苔むした庭や、前面にちりばめられた高価な調度ではなかった。むしろ背面に位置づけられる部屋の設備、備品がどれも歴史をもって古いものであるにもかかわらず、とてもよく手入れされて、つつましやかに命を保っていた。大切にその清潔さを守ってきたあらゆるものが、これほどの力を保持するにいたることを改めて目の当たりにして背筋が伸びる思いがした。そこには人生の大きなヒントが潜んでいるように感じた。

今回の城崎は念願の宿と食事を楽しんだ。雨は宿に非常な楽しみを与えた。しかし柳の向こうに川面の灯を眺めることは許さなかった。

今度は異なった天の下に、異なった城崎を味わいたいと思う。

ところで下呂にも増して気に病んでいたことがある。障子の守りである。

しかし、長女の障子の洞穴を目指した果敢な攻撃は、前回の勝利に気をよくした父親の鉄壁の守りに再び散った。敗戦のなぐさみに、勝者からチョコレートの与えられたことは言うまでもない。

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2009年8月 8日 22:46

このごろの仕事。

最近は生活保護申請の援助や遺言の相談に関与して、様々に考えさせられることが多い。

【生活保護】
生活保護の問題については、その財源が、早晩、いや喫緊に問題とならざるを得ない現況であるから、そんな今は関係各所に各位に非常に混沌としている。このままお茶を濁しているだけでは混沌は澄むことがなく、その争点が、法律論、社会学的な論、そして近い将来において政治体制、ひいては文学的問題にまで至ることが必死であろう。

ただこの問題。ある政治的立場に立ち白痴になって放たれた矢のごとく行動することは到底できない性分の私としては関係者の苦悩の渦に立ち入って内心首肯したり激情したりせざるを得ないわけであるが、生活保護法が、その解釈が、今に生きる現行法として従来どおり現前する限り、私は私として、今後も是々非々で対応していきたいと思う。

【遺言】
事務所の内外を問わず遺言の問題について相談を受けることが多くなってきた。正確な統計は知らないが、公証人連合会のWEBサイトを覗いても遺言件数の増加が知らされている。

しかし遺言はこのまま増加していくのだろうか。極端な資産家を除けば遺言によって遺産の行方を指示したい需要の前提には、やはり紛争、あるいは紛争の蓋然性があるのだろう。夫婦円満、兄弟仲良し、遺産は自宅といくばくかの現金という絵に描いたようなモデル家族に遺言はどうしても似つかわしくないからだ。

ところで我が国は政党が子育て対策を選挙の争点としなければならないほどに少子化が進んでいる。子供が七人も八人もいた戦時の働き盛りが年老いた暁には、これらの世代が、あるいは子供が高度成長の波に流されて全国各地に居を構えた事情も手伝って、どの子がよく世話をした、療養看護をしたという原因をともなって遺言が需要されたということも想像に難くない。しかし現下少子化だ。子供が一人であれば、それだけの事情のみからは遺言は需要されない指向性にある。

にもかかわらず遺言件数が増えるのは、よく言われるように核家族化が進み、両親は忙しくなり、人間関係、家族関係が希薄化したという事情があるのかもしれない。また離婚率が増加している(離婚件数は減少している)という事情と何らかの因果をもつのかもしれない。権利意識、財産に対する意識が変更してきたのかもしれない。公証人の実績と積極広報が奏功しているやもしれない。

ともかく遺言は増加しているようであるが、種々事情が絡み合って、今後の行く末は知れない。

さて、では遺言というのは手放しで推奨されるものであるか。遺言はできるだけしておいがほうがいいというような性質のものであろうか。決してそうとは言えないだろう。もちろん職業人としての私なら、ご相談に喜んで応えてお手伝いをするのでその点にご心配は無用??なのであるが、少なくとも積極消極様々に考えをめぐらせることができる問題なのだと思う。

例えば(あくまで例えばである)、夫婦ともに再婚で、それぞれに前の相手との間に子供をもっていたとする。しかしそれぞれに、子供は前の相手が引き取ってしまい、真新しい夫婦が純粋に二人で生活を営んでいたとする。そこには愛があった。二人は互いの肉体と精神のほかに何も要らないと誓った。顕著な二人の財産は男の所有する不動産のみである。今般女が自分の将来にふと不安を生じ、とりわけその住まいに不安を惹起し、男に対し、「あなたが亡くなったら住宅の相続権はあなたの子供にもあるから不安だわ。私に財産を残してもらえるように遺言してください」と申し入れをした。男はこれに応えて、住宅については女に相続させる旨の遺言をした。しかしその他の財産について明言をさけ、遺言においてその他の財産の存在や、その帰属について記載をすることは拒んだまま、遺言の作成は実行されたとする。

係る遺言を取り巻いて、お互いは、また関係者はこのように思いをめぐらしたかもしれない。またこのような事実関係が連鎖したかもしれない。


「俺はこの女を愛していた。確かに愛していた。あの日、女が金を欲し、住宅を欲し、安心を欲し、俺の裡に生活の糧を見ていることが明るみにでるまでは、、」
「俺には住宅のほかに預貯金がある。俺はあの日まで、俺の財産はすべて女に捧げるつもりでいた。そんな自然な帰着に疑いを挟んではいなかった。しかし女は金を欲した。安心を欲した。これが契機に、俺の中である萌芽が生じた。そうだ、俺には血のつながったあの子がいる。迷惑もかけた。しかしあの子は何も言わなかった。俺に対して何らの欲望を見出さなかった。せめて俺の財産の一部は、預貯金は、あの子が相続してしかるべきものだ。」
「愛は終わった。しかし生活は続けよう。住宅は女に。そしてせめてもの預貯金は、その償いというひも付きで、わが子に授けよう。この遺言が終わったら、別途遺言をしたためて、あの子に預貯金を相続させるのだ。」


「私が遺言の話をしたとき、私は確かに男の中に、とある陰りがわだかまっているのを見たわ。あれは何かしら。あの陰りは、暗さは、私にはついぞ分からないけれど、わからないからといってそれが微小で忘れ去るべきものであるということはできないわ。あの人は私に全てを預けてはいない。」
「そして遺言をしたためる段階で、あの人がついにこだわりつづけたことで私は確信したの。きっとあの人は何かを隠している。私に隠し持っているものは、少しの財産?いや、そんなものではない。私に決して話すことのできない大きなもの。裡に蔵するに耐えずおもてに滲まざるをえなかった大きな何か。愛、身分、他者の存在、堅固な絆、それとも別のもの。」
「私はあの人とついに合一することはできなかった。愛は完成しない。愛は敗北し、何かに遭遇して途絶えたのだわ。しかし生活は続く。私は住まいを得て、愛の中絶に生きるしかないの。」

男の子息
「ん、親父がなくなったのか。俺に遺言を、、しかしふざけたまねをしやがって。俺の感情を、俺の魂を安く見積もられたものだ。こんなもので、俺と母親の宥恕が適うなどとはなんという侮蔑だろう。しかもちゃっかり女に住宅を残していやがる。俺はこういう欺瞞が、欺網が、それこそが許せない。俺と、母親と、親父の相克が生じたあの日も、親父は儀式のように折り目正しい謝罪をした。冷え切った礼節を残していった。あの日から一体何も変わっちゃいない。俺が欲しかったのは、無様で滑稽であっても、暖かい何かであったのに。」


遺言に残せる事柄は大方が財産に係るものである。しかし遺言をするのは男や女の精神であり、受け止めるのもまた人間の心である。

およそ「法律」が予定する内容である限り私は喜んで相談し援助をします。しかし前記のような「文学」的利益の得喪は、直接の人間関係に身をおくお客様において受け止めていただくべきもので、それよりほかに方法がない。この点十分にご注意ください。

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