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2008年5月29日 00:01

アマデウス。

映画を観た。アマデウス。

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。アマデウスはそのミドルネーム。すなわち、この映画は、若くして没したモーツァルトの後半の人生を描く。ウィーンに住まうようになってからの半生。

この映画、1984年に大ヒットしたらしい。私は1973生まれだから、映画を見る環境も知性も財力も持ち合わせていない頃のもの(大袈裟)。四十代くらいの方ならば、あーあの映画ね、となるのかもしれないが、私にとっては新鮮である。映画華やかなりし頃の作品をリアルタイムにしていない年代の私にとっては、これから初々しく楽しめる作品も多いわけで、それはそれで良いことである。

さて、史実はともかくとして、映画の筋は、ウィーンハプスブルグ家の宮廷音楽家サリオリが、ウィーンに降り立った見紛うことの無い天才、モーツァルトを追憶の中で語るというその語りが、映像となって展開される。

時折宮廷と接触するモーツァルトが、結局のところ宮廷に就職することが適わず、街の音楽家として種々の食い扶持をつないで貧しく生き、反面サリオリは宮廷音楽家としての地位を保存しつづけるのであるが、、、そのサリオリ自身が誰よりも、モーツァルトの才能に気づき、共鳴し、それを畏怖し、打ちのめされ苦しむのである。そう、宮廷にふさわしいのはモーツァルトであると。サリオリは皮肉なことに、自己は才能を持たぬが、才能を見定める能力に人一倍秀でていたのである、、、

この映画の命題は、才能、天賦の才である。

世の中には、天賦の才を持つものがいる。
才能を持たぬが、天賦の才を見定めるものがいる。
そして大多数の、一切を持たざるものがいる。

「才能などなくてもおよそのことはできる」
こういう、これまた命題がある。
嘘ではない。「およそ」のこと、その意味内容はそのものがよって立つ社会によって変わる。日本であれば「およそ」職を得て、毎日のご飯を食べ、寝泊りをする宿をもち、生命身体の危険にさらされることのない生活を送ること、その程度はきっとできる。努力をして、選らばざれば、という条件付ではあるが。

しかし「およそ」ではない領域は毅然として在る。その領域を生きるものは時に想定され時に神の配剤によってこの世に生れ落ちる。
人間は決して平等ではない。生まれもって豊かなものや、生まれついた血統があるように、天賦の才は、それらと同じように顕著な仕方で存在するのだ。

アマデウス・モーツァルト。天賦の才を受けたもの。その光は余りにも強く、あまりにも広く世界を照らすので、それに包まれた同時代の人々は、その光の輝きを、異なりを、他の光と分別し見出すことが出来ないのだ。同時代において貧しい天賦の才は、音楽にも、哲学にも、その他にも後代によってよく知られるところである。

才能は才能故に苦しく、
才能を分別するものは、才能を持たないことに苦しみ、
そして全てを持たざるものは、凡庸な生活に苦しむ。

楽しみは、喜びは、それに対応してそれぞれにある。


「結局人間は、喜びも苦しみも総合的に分配を受けているのだから、自分が定められたステージで、それぞれに一所懸命生きるしかないのだ。それしかないし、それでいいのだ。」

この映画は、華やかなオーストリアの宮廷生活や当時の文化をきらびやかに描いて、躍動感をともなって加速度的に物語りを駆動させながら、また才能という鋭利なモチーフを攻撃的に用いながら、実は一遍を通じて、普遍的でゆったりとした大河のごとく、以上ようなメッセージを提出しているように感じた。

2008年5月28日 22:28

やっていける国。

2008年も半ばを向かえ、特にここ数ヶ月、苦しいニュースが飛び込んでくる。

物価高、鉄鋼高、ゴールドマンザックスに係る原油価格予想。
住宅・マンションの販売不振に自動車登録台数の連続減少など、まさに内需の落日か。

八方、いや十方ふさがりのように見える国内経済なのであるが、少し前にどこかのシンクタンクの人間が、識者の問いに対して答えていた(記憶が正確ではないが)。

識者曰く。
「日本は人口減少、内需縮小、エネルギー問題、途上国の団塊的成長、食料、財政、、、いろんな状況勘案するに、もう未来はないんじゃないでしょうかね。方法がないように思うんですが。やっていけないんじゃないでしょうか。」

シンクタンクA曰く。
「こういった状況において、やっていける方法を考えられた国がやっていける国なのでしょう。考えられなかった国はやっていけない国なんでしょう。それだけです。」

やっていける国。

きっと識者は、時代が異なれば、敗戦後の日本に同じ質問をぶつけたに違いない。この状況でどうやってやっていくんだと。あの頃と今、やっていけると答える人間の数はどちらが多いだろう。今という岸壁に立ってある経済学者や社会学者に言わせれば、戦勝先進国の溢れる市場の中に日本だけ地獄から這い上がるという「来た道」のほうが実は環境はよかったのだ、ということになるのか。しかし本当にそうだろうか。難しいことはわからないけれども、意識さえ変更すれば、今スタートのほうが環境はいくらか(ずいぶん)よいと思われるのだが。

やっていける国。やっていける組織。やっていける人。

「現在妙案があるかと言えばもちろんありませんが、それでも考え続けるしかないんです」
シンクタンクAはそう続けていた。

この人はとても頭のいい人だ。

2008年5月19日 22:03

売主確認、田園調布。

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先日不動産取引の登記立会いの前提として、売主の本人性確認、及び意思確認のため神奈川に出向いた。久しぶりの遠方。この際ということで、所用のあった自由が丘と田園調布、それから千葉と、無理をして電車を乗り継いできた。新幹線と併せると一日の大方の時間を乗り物に乗っていた勘定でこれにはやはり疲れた。

そうだ、十年ほど前に父親が出張で全国を飛びまわっていた折、「いやいや乗ってるだけなんだから何がそんなにしんどいか」などとのたまった記憶が恥ずかしく思い出される。人間の馬鹿さ加減は、やはり年とともに幾分ずつ改まっていくものらしい(逆も多いが)。

1 不動産、売主確認
前にも言ったかも知れないが、不動産売買の登記立会いに際し、司法書士は売主が確かに売主であることを確認し、また売主が当該不動産を、確かに目的に沿って処分等する意思があるかどうかを確認する。

不動産という「物」に対して、「人」が有し行使できる権利、これを「物権」というが(民法は世の中を権利と義務の体系として把握する。物に対する権利、人に対する権利義務)、今回は様々ある「物権」のうちの「所有権」という権利を、売主から買主に対価をともなって譲り渡すという契約が確かになされているか。売主は確かにその人か、売買の諸条件に係る意思内容は確かか。

これをこの業界では、不動産取引における「人」「物」「意思」の確認などという。最終奥義のようなものか。別にこんな当たり前のことを標語にして覚えなければならないほど司法書士に馬鹿が多いわけでなく、それほど簡単にして、究極には判断微妙なるものであるということだ。

売主は年配である。そうすると別の心配も生ずる。

しかし今回は全く問題なし。むしろこちらを圧倒する明確な意思。知性。
よって遠方出張の一番の目的をまずもって果たす。

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2 田園調布より
 (1) 田園調布
田園調布を歩いてみた。
この開発の大立者、渋沢栄一のストーリーとともに、歴史を学べば必ず登場する田園調布。

東京にあるという近年のネームバリューを捨象すれば、個人的には六麓荘町のスケールや阪神間の住宅地が抱く海山風の景勝、文化に軍配が上がると信じるが、東京一極集中なんだから仕方がない。田園調布は良いところ、東京はよいところ、らしい。否定はできないが。

維新の激動による上から外からの地殻変動も、阪神間に代表される民間主導の住宅開発も、夢と時代のムードをうねらせて、大きな流れの中に希望の姿を見通していたに違いない。こんなものがあったらいいな、気持ちがいいな、憧れるなという公約数的集約というルールに同意し、街ごとに設定されるおぼろげな目的地へのビークルに自ら乗っかり、そんな自分を正当化して、誇って。

東京や阪神の住宅開発の歴史(明治、大正、昭和のどのくらいまでか)をいろんな資料を通して見ると、今基準で振り返る単なる回顧主義や感傷だけでは決してない、何かロマンティックなものがやはりそこにあるのだ。そうでなければ、土地と、地勢と、気候と、そんな構成要素の異なりだけでは、この狭い日本のいろんな街に、今あるような町ごとの意味づけや、物語を固着させることができたはずはない。誰かが望み、自らも望み、意思し、適度な交流のもとにいつしか輝かしく合一する。

しかしそんなゆっくりとした街の形成も維持できなくなってきたらしい。

こんなものや、こんなものも、維持するのが大変だと。
この街の、この街としての流れを作ったものは老い、ここを、この世を去り、混沌が残されつつあると。

こういったところがそうであるならば、その他の全国的な街づくりが、統制に困難を極めることは相当に理解し易い結論である。

 (2) 自由とか、社会とか
多様化。価値の多様化。多様化の容認。多様化の絶対的尊重。多様化の横暴。
自由の勝利。自由という反撃を許さぬ武器の行使。自由と不安。自由と相対の獲得とランドマークの喪失。

いつの時代を生きる人間も、自分の時代を過大評価し、自分は世界のエッジを生きると錯誤するものである。しかしそういった側面を十二分に考慮してさえ、やはり今という時代は、少なくとも街の風景を作るという一基準点においてすら、変化の先っちょを渡っていると言い得るのだろう。明らかに先を迷っている。

今必要なのは、自由などではなく、多少強引であっても輝ける先導か。先導のもとでの自己決定か。そのバランスの変更か。内容の変更か。ただし、過去とは違った仕方で(その仕方に世界が迷って長い)。

ところで、変化の先っちょを生きるということは、自分たちで矛先の行方を考えること。それは、自分たちで考えな無ければならないのだし、自分たちに考える権限が与えられてもいるということ。否が応に。何が美しい街で、住みよい街で、幸せな社会で、存在価値ある国か。あるいは国は不要か。世界は本当に一つか。

四十代も三十代も二十代も。社会の世知辛さを高らかに謳いあげても、自由という絶対的な武器を振り回しても、それで飯は食えないし、快適にはならないし、幸せにもなれない。今、それがようやく解った。転換点に立って解ったのだ。

原理の、原論の時代がやってくる。日本においては変則的な仕方で獲得した一応の自由のもとに、一から、自分で、世の中をどうするのかを考えるときだ。おせっかいで親切な共同体も、農業と別れて早何年、世話焼きのその基盤を欠いて、早晩意識的な共同体へと変化せざるを得ない。そういった素直な意味内容での原理、原論の時代。屁理屈は通用しない時代。

何も貧困にだけではない。比較的裕福な田園調布にも、パラダイム変更への次の一歩は、苦々しくも強烈に求められているようである。

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2008年5月14日 20:46

ルーブル美術館展他。

ゴールデンウィーク、いかがお過ごしでしたか?今年は稀に見る晴天続きで、休みがしっかりとれた方にとっては、そしてきっちり計画を立てられていた方にとっては、気持ちよく過ごせたのではないか。少なくとも、気持ちのよい自然環境は整っていた。

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休みの後半に、ルーブル美術館展に出かける。
神戸市立博物館で催されていたもの。

主催は、神戸市立博物館、ルーブル美術館、朝日新聞、朝日放送。
後援は、外務省、文化庁、フランス大使館、BS朝日。

日仏交流150周年を記念して、ルーブル美術館が有する美術工芸品のコレクションのうち、フランス宮廷が最も輝いた18世紀、ロココ(ロカイユ)から新古典主義に至るまでの選りすぐりの140点を紹介するもの。

当たり前だが、間違いなく素晴らしい美術品ばかり。7月までやっているので、観たことがない方はぜひ。ルーブル御大を拝んだことのある方も、ぜひゆっくりと。

さて、行かれる方は、必ずカタログを買われたし。とても充実しています。展示品すべてについての詳解、その他巻末についている三本の論文が秀逸。それから、まさに最後に、ブルボン家、ハプスブルグ家の家計図、及び同時代の関連年表が掲載されているので勉強になる。

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カタログの論文のタイトル。
1 物語を語る
2 ポンパドゥール公爵夫人が宮廷人として必要とした技術と学術
3 マリー=アントワネットと日本

これを読んで唸る、、、

それから、実際に展示を見回っていて、美術品横に掲出された、説明文というのか、解説文というのか、それを読んでも、いちいち唸る、、、

そして、物理的にも心理的にも、しばし立ち止まるのである。

この唸りの根拠は、なるほどと理解、首肯して深く気持ちよい感情から出でたものと、知識教養不足によって完全に切り返されて苦しい気持ちから出たものと、その二種類がある。そして後者が一定積み重なってくると、「勉強しないといかんな」という気持ちにせっつかれて、美術品の鑑賞行為自体にも、苦しさが染み出してくるのだ。

先の論文3 マリー=アントワネットと日本に記されているのは、フランス本国におけるマリー=アントワネット理解(現代変容しつつあるものの)と、日本における同理解には相当の乖離があって、それがどこから来るのかというものだが、結局のところ、日本人は、中学、高校の教科書において欧州の歴史をほとんど学ばないところに起因していると。早速後日本屋にて教科書をめくってみても、やはりフランス革命が「数行程度」で語られている。これでは美術品の背景を理解することなどできない。その数行すらまともに履修しない注意散漫な学生、すなわち自分、いわんや、である。社会人になって、多少の知識を入れたとしても、宮廷の内情までは、、、ねっ。

そんなわけで、まあいいやで済ませればいいのだが、それで良しとしないのが抗えぬ「サガ」であって、これから少しは勉強していきたいと思う。もちろん、宮廷人でもない私は、「そんなこと」ばかりしている訳にもいかないが。

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それから休みの後半には、以下目的に応じて、それぞれの店で食事をする。
いずれも、北野の伝説「ジャンムーラン」の血を引くもの、らしい。

1 事務所の食事会に、心斎橋の「リュミエール」
2 妻との食事会に、北野の「シェ・ローズ」

どちらも素人が評価するなどおこがましい素晴らしいお店だと思われ、よって、素人にも十分に良さが伝わるという点においてだけ、素晴らしいとお薦めしておきたい。

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